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精神外科

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精神外科(せいしんげか)とは、かつて精神疾患の治療法として流行した、大脳を切り取る外科手術を行うことにより、精神科医による患者治療が行えるとした医療分野であった。代表的なものに前頭葉白質切截術(ロボトミー)がある。

かつては、精神外科の名のもとに爆発性精神病質などの診断を受けた患者に対し、情動緊張や興奮などの精神障害を除去する目的で前頭葉白質を切除する手術(ロボトミー)が実施されていた。しかし、ローズマリー・ケネディが父親の命令で前頭葉白質を切除する手術を受けたところ後遺症を負うなど、のちに前頭葉切截術(ロボトミー)の問題点が明らかとなった。前頭葉切截術(ロボトミー)が禁忌とされるに至った経緯については#歴史を参照。

なお、「ロボトミー」という語は、"ロボット (robot)"から来ていると誤解されることがあるが、「ロボトミー(lobotomy)」は、肺や脳などで臓器を構成する大きな単位である「葉(よう、lobe)」を一塊に切除することを意味する外科分野の術語であり、ロベクトミー(lobectomy, 葉切除)と同義である。

当項目のロボトミーでは「前頭葉切除」を意味し、「大脳葉にある神経路を1つ以上分断すること」と定義される。肺がんなどのため肺の一部を葉ごと切除(例:肺下葉切除)することもロボトミーの一種であるが、臨床ではロベクトミー(肺葉切除術、肺葉切除)の方が用いられる。

術式

種類

モニス術式
エガス・モニスが考案した術式。両側頭部に穴をあけ、ロボトームという長いメス前頭葉を切る。
経眼窩術式
ウォルター・フリーマンが考案した術式。眼窩の骨の間から、アイスピックの様な器具を大脳前頭葉部分に到達させ、神経繊維を無造作に切断する。頭蓋骨を壊さず、外側から見える傷跡がないというメリットがあった。
眼窩脳内側領域切除術
廣瀬貞雄日本医科大学名誉教授が開発した術式。

生理学的観点から

当時の標準的なロボトミーの術式は、前側頭部の頭蓋骨に小さい孔を開け、ロイコトームと呼ばれたメスを脳に差し込み、円を描くように動かして切開するというものであった。前頭前野と他の部位(辺縁系や前頭前野以外の皮質)との連絡線維を切断していたと考えられる。前頭前野は、意志、学習、言語、類推、計画性、衝動の抑制、社会性などヒトをヒトたらしめている高次機能の主座である。

歴史

欧米

1935年、ジョン・フルトン(John Fulton)とカーライル・ヤコブセン(Carlyle Jacobsen)が、チンパンジーにおいて前頭葉切断を行ったところ、性格が穏やかになったと、ロンドンで行われた国際神経学会で発表したのを受け、同年、ポルトガル神経科エガス・モニスが、リスボンサンタマルタ病院で外科医のペドロ・アルメイダ・リマ(Pedro Almeida Lima)と組んで、初めてヒトにおいて前頭葉切截術(前頭葉大脳のその他の部分から切り離す手術)を行った。

その後1936年9月14日ワシントンD.C.ジョージ・ワシントン大学でも、ウォルター・フリーマン (Walter Jackson Freeman II) 博士の手によって、アメリカ合衆国で初めてのロボトミー手術が、激越性うつ病患者(63歳の女性)に行われた。

当時において、治療が不可能と思われた精神疾病が、外科手術である程度は抑制できるという結果は、注目に値するものであって、世界各地で追試され、成功例も含まれたものの、特にうつ病の患者の6%は手術から生還することはなかった。また生還したとしても、しばしばてんかん発作・人格変化・無気力・抑制の欠如・衝動性など、重大かつ不可逆的な障害が起こっていた。

しかし、フリーマンとジェームズ・ワッツ (James W. Watts) により術式が「発展」されたこともあり、難治性の精神疾患患者に対して、熱心に施術された。1949年にはモニスにノーベル生理学・医学賞が与えられた。しかし、その後、抗精神病薬の発明とクロルプロマジンが発見されたことと、ロボトミーの予測不可能な不可逆的副作用の大きさと人権蹂躙批判が相まって規模は縮小し、精神医学ではエビデンスが無い禁忌と看做され、廃止に追い込まれる。

また、モニス自身もロボトミー手術を行った患者に銃撃され重傷を負い、諸々の施術が(当時としては)人体実験に近かった事も含め、医学倫理上の槍玉に挙げられ、外科手術が廃れる事になる。

日本

日本では1942年昭和17年)、新潟医科大学(後の新潟大学医学部)の中田瑞穂によって初めて行われ、第二次世界大戦中および戦後しばらく、主に統合失調症患者を対象として各地で施行された。

しかし、1975年(昭和50年)に「精神外科を否定する決議」が日本精神神経学会で可決され、それ以降は行われていない。なお、このロボトミー手術を受けた患者が、インフォームド・コンセントのないまま施術した精神科医の家族を殺害するという事件が発生している(ロボトミー殺人事件)。

名古屋大学医学部精神医学教室で、ロボトミーを受けた患者の病理解剖では、前頭葉全体が空洞化しており、スカスカだったという。当時解剖した患者で一番多かったのはアルコール依存症であった。なお、同教室の医師が他の医師と手術の統計をまとめようとしたところ、手術記録や診療録が、何処にも見当たらなかったという。これは前出のロボトミー否定の学会決議を受け、病院側が資料を破棄したものと見られている。

日本精神神経学会の1975年(昭和50年)の精神外科を否定する決議でロボトミー手術の廃止を宣言したことから、日本精神科において、精神疾患に対してロボトミー手術を行うことは、精神医学禁忌である。しかし、精神障害者患者会の一つ、全国「精神病」者集団の声明(2002年9月1日)では『厚生省の「精神科の治療指針」(昭和42年改定)はロボトミーなど精神外科手術を掲げており、この通知はいまだ廃止されていない。』と主張している。

年表

以下は『東大病院精神科の30年』 28-43頁ほかによる。

精神外科を取り上げた作品

  • 手塚治虫の漫画『ブラック・ジャック』では精神外科(ホセ・デルガードの開発したスティモシーバー)の描写がある第58話「快楽の座」が単行本未収録となっている。他にも未収録の作品はあるが、文庫版や他の書籍での収録や改作などが行われていないのはこの作品のみである。この話の中ではブラック・ジャックは脳に電気刺激を与えたのみにもかかわらずロボトミーという語の誤用に対して障害者団体である全国青い芝の会などから「ロボトミーを美化している」と抗議が来たためと一説では言われるが、実際の漫画では手塚は精神外科に対し否定的な描写をしている。また、単に言葉が使われているだけ、しかも誤用されているもの(これは「快楽の座」も同様)として、第41話「植物人間」がある。これは単行本(旧版少年チャンピオン第4巻)に収録されていたが、後に、「からだが石に…」に差し替えられた。
  • 医学博士で作家の渡辺淳一による『脳は語らず』は、1970年代に日本の大学で行われ、後で週刊誌などに取り上げられた「事件」に発展したロボトミー手術をドキュメンタリータッチで描いた小説である。
  • 映画「カッコーの巣の上で」では、ロボトミー手術を受け廃人になる登場人物の姿が描かれている。
  • 日本映画でも同時期に、ロボトミー手術により廃人化させられる描写が見られる。例として、1978年の「皇帝のいない八月」では自衛隊クーデターを未然に防げなかった陸上幕僚監部幹部が、同年の「ブルークリスマス」では最初にUFOの実在を訴えた科学者が、機密保持のためにロボトミー手術を受けて廃人化される描写が描かれている。
  • ガロ系作品である『夢の島で逢いましょう』に収録されている「DREAM ISLAND」では、犯罪者を収容する施設と化した「夢の島」で慰問目的で訪れていた聖歌隊を救助するため死刑囚の体にロボトミー手術を施したテロ鎮圧用兵器「D-4」が登場する。

脚注

注釈

参考文献

関連項目


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