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癒やし
癒やし(いやし)、ヒーリング(英語: healing)は、心理的な安心感を与えること。またはそれを与える能力を持つ存在の属性である。
用法
医療人類学の立場では治療のより広い概念として「病の癒やし」を考察し、病気をdisease(疾病)、sickness(病気)、illness(病)の3つの視点で捉える。diseaseとは「身体上の異常」であり、科学に支えられた医療技術で扱う分野であるのに対し、illnessは「体験としての病気」であり、本人にとって科学医療の診断とは無関係に感じたり感じなかったりする不調である。医学史学・医学哲学の中川米造は、癒やしは単に病気からの解放に留まらず、渇きや苦しさからの解放といった人間的な問題に関わっていると述べ、その基本は手当て(スキンシップ)と心のぬくもりであり、ほとんどのすべての文化において手当てと温もりを由来とする治療法がみられるという。古代ギリシャの医療では、ヒポクラテスの属するコス派は予後を重んじ身体全体を全人的に治療した。ソクラテスは医学者たちの言を受けて「頭を治すことなしに眼を治そうとするな、体を治すことなしに頭を治そうとするな、魂を治すことなしに体を治そうとするな」という言葉を残している。
宗教学や宗教人類学で、未開社会の暮らしを続ける人々の間で呪術医が、病に陥った人を治す悪魔祓いの行為について言ったものだという。上田紀行の『覚醒のネットーワーク』(かたつむり社 1990年)で、セイロンの悪魔祓いについての言及の中で使用されたのが、この言葉の今日のような用法での最初だという。こちらの意味では、なんらかの原因で、地域社会や共同体から、孤立してしまった人を再び、みんなの中に仲間として迎え入れること、そのための音楽や劇、踊りを交えて、霊的なネットワークのつながりを再構築すること、これこそが癒やしだという。
新約聖書の日本語訳の中にイエス・キリストが人々を「癒やした」という記述が何度も出てくるように、宗教的な奇跡(奇蹟)的治癒を行う動作の意味でも使用されている。
日本では、1990年代を中心とした「癒やしブーム」以降「癒やし」という言葉は多様で曖昧な用い方をされている。その用法のあらましに鑑みるに、ストレスやうつ病や自殺未遂傾向など、過度の緊張や慢性的な心的疲労を蓄積させている人に、一時的なリラックス効果や、中短期的なヒーリング効果を得られると期待される行為を総称して「癒し」と呼び、そのためのサービスや商品などさまざまなものを総称して、癒し系、癒しグッズという言い方をしている。
※「癒」の訓読みは「い」であるので、正しい表記は「癒やし」である。ワープロやPCで入力すると変換候補に「癒し」があるが、正しいのは「癒やし」である。
癒やしの効果と時代のニーズ
癒やしの持つ力は心身ともに持続的・恒久的・継続的な安らぎの効果をもたらす。過激さの持つ力は、瞬間的・一時的なもので、しかも往々にして強い心的刺激を伴うので心身に悪影響を及ぼす可能性がある。
人間には心身ともに癒やし要素を持つものが本質的には受け入れられる。特に心身にストレスがたまっている場合などは過激さは不適切である。バブル時代は白熱した刺激が好まれる傾向もあったが、バブル崩壊後、社会が不安になってくると過激な刺激はよどみ嫌われた。元々、過激さには人体危険が伴うのが常であり、それを求める傾向は一種の自虐行動である。心理学的に人間が本質的に求めているのは安らぎと平穏であり、もともと人間は攻撃的な要素を好まない。もしくは極力避けることで自己防衛を図る生き物なので、癒やしを求めることを攻撃的要素を避ける意味でも非常に大きな意味を持つと本能的に知っている故の現象である。
1990年代に発生しその後も影響を与えた「癒やしブーム」の背景には、特に病人でもない多数の人々が「癒やされたい」という欲求を持つようになったこと、「癒やし」をマーケティング用語としてメディアや企業が展開した、所有欲や充足感を満たさせる市場戦略が成功したことがあると考えられる。
日本における状況
近年は若者を中心として、癒やしの特徴、特性を持つ人物や物体、詩などを「癒し系」(癒やし系)と表現することがある。特に芸能界においては、主に「ほんわか」「やんわり」「ふんわり」とした視聴者を和ませる雰囲気がある女優やグラビアモデル、女性タレントをさす言葉として定着しつつある。また、お笑い芸人や男性政治家、学者にも「癒し系」と称される人は存在する。
過激な表現を用いずファンタジーやノスタルジーを主題とするテレビゲームも、「癒し系」というジャンルで呼ばれる。
その他、手当て療法、エネルギー療法、霊能力などの科学的に証明されていない自然治癒力を利用したエネルギー治療を、特にヒーリングと呼んでいる。この場合は、漢字で「癒やし」とは書かず、カタカナでヒーリングと書く。
癒やしの手法
癒やしをもたらすと考えられるものにはさまざまな手法があり、医療分野では領域がまたがっているものもある。
- セラピー
- ヒーリング・ミュージック
- 自然
- 宗教の技法
- 健康法
- 代替医療
- キリスト教
脚注
参考文献
- 岩本義輝、椎塚久雄(編)、2013、「いやし(リラックス)」、『感性工学ハンドブック』、朝倉書店 ISBN 9784254201543
- NHK放送文化研究所 最近気になる放送用語「癒し?癒やし?」 https://www.nhk.or.jp/bunken/summary/kotoba/term/061.html
関連項目
外部リンク
- 松井剛、「癒し」ブームにおける企業の模倣行動: 制度化プロセスとしてのブーム 日本商業学会『流通研究』 2004年 7巻 1号 p.1-14, doi:10.5844/jsmd.7.1