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発酵
発酵(はっこう、醱酵とも表記、英: fermentation)
- 生物が栄養素として取り込んだ有機物を嫌気的に(=酸素を使わずに)代謝してエネルギーを得る過程。 本項で詳説。
- 微生物が発酵食品など人間に有益な有機物を生成する過程全般を指す。1.の意味と違い好気的でも良く、好気的、嫌気的な場合をそれぞれ好気的発酵、嫌気的発酵という。
- 茶葉から烏龍茶や紅茶を作る際の酸化酵素の働きによる酸化作用のことを歴史的経緯により「発酵」と呼ぶ。ただしプーアル茶などの後発酵茶を作る際の「発酵」はカビやバクテリアに2.の意味の発酵を行わせる過程である。
(1.もしくは2.の意味での)発酵は、その副産物として生成される有機物によって、アルコール発酵、乳酸発酵などに分類される。
微生物が1.の意味で発酵して有益な副産物を作れば、2.の意味をも満たすため、1.、2.の意味は相互に関連しているが、どちらかが他方を含意するわけではない。例えば1.の意味での発酵は2.の意味と違い「微生物」という制限がなく、人間をはじめとした動物は筋細胞で1.の意味での乳酸発酵を行っている(解糖という)。
2.の意味の発酵の関連用語として醸造がある。両者の関係は辞書等により異なるが例えば秋田県立大学の醸造学講座では発酵はその生成物が単一化合物なもの、醸造はその生成物が単一化合物ではなく、微生物の代謝生産物そのものが製品になるものとして区別している。
以下、単に「発酵」と言う際には、1.の意味を指すものとする。
概要
発酵は、生物細胞がエネルギーを得るため行為である代謝のひとつであり、光合成以外の代謝は有機物(例外的に硝酸塩や硫酸塩などの無機物)を酸化させ、その際、遊離されるエネルギーでATPを合成する。
この酸化反応の副産物の水素(もしくは電子)の排出形態により、光合成以外の代謝は以下のように分類され、発酵はこれら分類のひとつである。
発酵の大きな役割は2つある。1つは上述のように、有機物を酸化分解しATPを得ること。もう1つは、還元型NADを酸化型NADへ戻す役割である。詳しくは発酵の型で後述する。
発酵の型
生物がグルコースなどの糖を用いてエネルギーを得る時、グルコースを解糖系で分解を行いエネルギーを得ると同時に、最終生成物としてピルビン酸が得られる。またこの過程で、酸化型NADが還元型NADへと変化する。ここまでは、発酵、呼吸代謝に共通する部分である。ここから、呼吸代謝はこのピルビン酸をクエン酸回路、電子伝達系によって酸化分解し、最終電子受容体を酸素もしくは無機物で行う。そして、ATPを得ると同時に還元型NADを酸化型NADへ戻す。対して、発酵はピルビン酸を嫌気条件下でその発酵の型特有の経路を用いてエネルギーを得て、還元型NADを酸化型NADに戻す。ただし、発酵は最終電子受容体として有機物を使用する。
- アルコール発酵
- 詳細は「アルコール発酵」を参照
- 二段階の化学反応を経てエチルアルコールへ変化させる。第一段階として、ピルビン酸から一分子の二酸化炭素が取り去られ、中間生成物のアセトアルデヒドが生じる。その後、アセトアルデヒドは還元型NADによって還元され、エチルアルコールとなる。
- 主として出芽酵母によっておこなわれる。糖分を分解してアルコールと二酸化炭素を発生する。アルコール飲料がその代表である。酵母は自然界では糖分の多い環境に生息し、果実の皮などにも附着している。そのため、果実をつぶして容器に置けば、自然にアルコール発酵が進む場合が多い。日本酒を造る場合、まず麹を米に働かせるのは、米のデンプンをコウジカビに分解させて糖にするためである。パン生地が膨れるのは、生地の中の糖分が分解されてできた二酸化炭素のためである。
- 乳酸発酵
- 詳細は「乳酸発酵」を参照
- 化学的には、ピルビン酸を還元型NADによって還元し乳酸にする。最も単純なピルビン酸代謝経路。
- メタン発酵
- 詳細は「メタン発酵」を参照
- メタン発酵とは、メタン菌の有する代謝系のひとつであり、水素、ギ酸、酢酸などの電子を用いて二酸化炭素をメタンまで還元する系である。メタン菌以外の生物はこの代謝系を持っていない。嫌気環境における有機物分解の最終段階の代謝系であり、特異な酵素および補酵素群を有する。
- その他の発酵
- ほかにも、酸化発酵、酪酸型発酵、ブタノール-アセトン型発酵、硝酸塩発酵、酢酸発酵がある。
発酵食品
発酵学
- 学問としての発酵学の興り
- 17世紀末のオランダでアントニ・ファン・レーウェンフックが手製の顕微鏡を用いて、微生物を発見した。彼はビールの中に顆粒を発見したと記録している。おそらくこれが酵母の発見だが、この時点ではそれと発酵の関連は考慮されていない。
- 発酵と微生物の関連については、古くは1818年に、Erxlebenがパンの発酵が微生物によるとの説を唱えたが、ほとんど取り上げられなかった。1830年代には、数人の学者が「酵素の生命力説」を主張し、酵母の活動によって、糖分がアルコールと二酸化炭素になると主張した。これは当時の化学界を大いに刺激し、ユストゥス・フォン・リービッヒらはこれを否定し、化学物質の変化は単純な化学反応であり、そこに生物の関わる余地はないと主張した。彼らによると、酵母はそのような化学変化の結果として生じるものにすぎないという。
- これらの論争に決着をつけたのがルイ・パスツールである。彼は酵母を様々な条件で培養し、酵母の発育の結果としてアルコールを生じること、ただし酸素が利用できる条件ではアルコールは発生せず、酵母の成長はその方がよいことなどを発見し、アルコール発酵は酸素呼吸の代用として酵母が行うものであること、それらが酵母が生活のためのエネルギーを得るために行う反応であると述べた(1876)。
- これで一旦は論争が収まったかに見えたが、1897年にブフナー兄弟は酵母を破砕した物質が、発酵を進める能力があることに気がついた。そこから、酵母の内部にアルコール発酵を進める物質が存在すると考え、この物質にチマーゼの名を与えた。そして、チマーゼこそが発酵の原因であり、酵母はそれを作るものではあるが、その過程そのものに生物は関与しない、との説を立てた。しかし、その後にこのチマーゼによる発酵が通常のアルコール発酵のようにうまく進まないことが判明し、やはり酵母が発酵を行うのだとの説に落ち着いた。現在では、チマーゼは多数の酵素の複合物質であると考えられている。
- 日本の大学教育における発酵学
- 日本の大学教育では、工学部工業化学科もしくは農学部農芸化学科、もしくはそれらと類似する学科が発酵学の教育を担っている。
- かつては、山梨大学(発酵生産学科)、大阪大学(発酵工学科)、広島大学(醗酵工学科)のように単独の学科が存在した大学もあった。また、現在は別府大学が発酵食品学科を有しており、東京農業大学、吉備国際大学には醸造学科がある。
発酵消毒
発酵熱を利用した消毒法で、畜産分野で用いられる。
脚注
参考文献
- 山中健生 『微生物のエネルギー代謝』 学研出版センター、1986年8月25日初版、ISBN 4-7622-9496-9。
- 細野明義 『畜産食品微生物学』 朝倉書店、2000年1月20日初版、ISBN 978-4-254-43066-0。
- H.J.Phaff,M.W.Miller&E.M.Mrak (長井進訳)『酵母菌の生活』,(1982),学会出版センター
関連項目
- スティックランド反応
- サイレージ(ウシ等の発酵飼料)
外部リンク
-
生命の牧場 - 『科学映像館』より。協和発酵工業(現・協和発酵キリン)の企画による広報映画。
《1966年製作。当時の協和発酵の工場で繰り広げられた研究・生産現場を追うことを通じ、発酵工業──微生物による生合成工業──の姿を浮き彫りにする》
代謝マップ
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