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臨界期仮説
言語獲得および第二言語習得における臨界期仮説(りんかいきかせつ、英: critical period hypothesis)とは、臨界期とよばれる年齢を過ぎると言語の習得が不可能になるという仮説である。母語の習得および外国語の習得の両方に対して使われる。第一言語と第二言語の両方の習得に関して年齢が重要な要素となりうるが、はたして臨界期なるものが本当に存在するのか、また存在するとしたらそれがいつなのかなどについては長い議論があった。この仮説の最も大きい弱点は、多くの者が成人後に初等教育を第二言語環境下でやり直さないことにある。したがって21世紀初頭現在において上記仮説は極めて疑わしいものとなっている。成人後に第二言語習得者と全く同じ環境、過程で同じ教育(幼稚園から大学まで)を受けた場合、第一言語と同じ水準での言語習得運用が可能になった例がある。
概要
野生児または孤立児と呼ばれる幼児期に人間社会から隔絶されて育った子供は、後に教育を受けても言語能力、特に文法に従った文を作る能力については著しく劣ることが知られている。また、外国語の学習でも、一家で国外へ移住した移民の親より子供のほうが外国語を早く、また上手に使いこなせるようになることは広く知られている。母語・外国語両方の習得の成否について年齢が大きな影響を与えていることは、日常の経験からも、言語学の研究結果からも納得されることである。年齢が上がると言語を習得することが困難になる原因についてはさまざまな説が提唱されている。しかし、年齢以外のファクターを除外できていない可能性があるという批判もあり、たとえば脳生理学的な変化や心理的影響を原因とする説などもあるが、21世紀初頭現在でははっきりとは解明されていない。それに加え、個々の言語能力についての臨界期は異なるという説もある。たとえば発音についてはかなり低い年齢に臨界期が存在するという強い証拠があるが、語順などの統語的規則についての臨界期は遅いという主張もある。また、語彙については明確な臨界期が存在しないとの説もある。
歴史
1967年にエリック・レネバーグは、幼児の大脳の発達と母語の言語獲得の間にある関係を述べた。彼は脳に障害を負った人の年齢と言語障害の関係を調査し、母語習得の臨界期は3歳から5歳ごろまでだと主張した。
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第一言語の臨界期
正常な人間が大人になってはじめて言語を習得した例はまれであるが、チェルシー(仮名)という聴覚障害を持ったアメリカ人カリフォルニア州の女性の例がある。彼女は両親や医者によって聴覚に障害があることに気づかれずに、31歳にまでなってしまった。その後神経学者が補聴器を与え、リハビリを施した結果、10歳児の知能水準にまで達し、自立した社会生活を営むにまで回復したものの、統語ルールだけは最後まで身につかなかったとされる。
第二言語の臨界期
臨界期という考え方は、もともとは母語の習得について述べられたものであったが、後に第二言語習得論の分野へも持ちこまれた。2000年にRobert DeKeyserがハンガリー人の移民コミュニティで、英語能力とアメリカ合衆国への移住時期、および外国語学習に関する適性の調査を行った結果によると、16歳以前にアメリカへ移住した人は、みな高い英語力を示したのに対して、それ以降の年齢で移住した人については個人の素質によって言語能力に差がみられたという。しかし、少数ながら成人してからもネイティブに近い文法能力を身につけた人も存在することは事実である。テキサス大学オースティン校のDavid Birdsongらによると、外国語が日常的に使われる環境に身を置き、高いモチベーションを持って聞き取りや発音のなどの音声的な訓練を長期間行なえば、10%以上の人がネイティブ並みといえる文法・発音能力を習得できるという研究結果がある。
臨界期が生じる原因の仮説
臨界期のようなものが生じる原因については生理学的な脳の変化による説明が試みられている。出生から思春期までの間に脳機能の左右分化(lateralization)が起こることで臨界期が生じるというものである。しかし、脳の変化と言語の習得を直接結びつけることについては無理があるとの意見もある。
脚注
参考文献
- 白井恭弘 (2008). 『外国語学習の科学:第二言語習得論とは何か』. 岩波新書. ISBN 978-4-00-431150-8
- スティーブン・ピンカー (1995). 『言語を生みだす本能(下)』. NHKブックス. ISBN 4-14-001741-4