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肥満
肥満症 | |
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腹囲の比較(通常:左、過体重:中央、肥満:右)
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分類および外部参照情報 | |
ICD-10 | E66 |
ICD-9-CM | 278 |
OMIM | 601665 |
DiseasesDB | 9099 |
MedlinePlus | 007297 |
eMedicine | med/1653 |
GeneReviews |
肥満(ひまん、Obesity, Corpulence)とは、一般的に、正常な状態に比べて体重が多い状況、あるいは体脂肪が過剰に蓄積した状況を言う。体重や体脂肪の増加に伴った症状の有無は問わない。体質性のものと症候性のものに分類できるが、後者は肥満症と呼ばれることもある。対義語は「羸痩」(るいそう)。肥満はあらゆる病気の原因でもある。厚生労働省は肥満を「生活習慣病」の1つに含めている。
ペットの肥満も参照。
なお、肥満とは「身体の中で、何らかの原因でホルモン障害が惹き起こされた結果」であり、これにはホルモンが密接に関係する。肥満は内分泌学や生理学、生化学の問題であって、熱力学、物理学、質量保存の法則は何の関係も無い(後述)。
分類
人間の肥満体型は下記の2種類に分けられる
- リンゴ型:アンドロイド型脂肪分布、男性に多いビール腹・太鼓腹などと言われる腹部肥満が目立つ体型。別名、内臓脂肪型肥満
- 洋ナシ型:ガイノイド型脂肪分布、女性に多い腰や臀部回りに脂肪がつく体系。別名、皮下脂肪型肥満
肥満の診断
標準体重よりも20%以上体重が超過した辺りからを「肥満」と呼んでいる。
体重による肥満の診断
体重に基づく肥満診断として、BMI が頻繁に用いられている。BMIの数値が一定以上だと「肥満」と判定される。
その基準は様々な組織や団体が設けているが、主な基準は以下の通りである。
状態 | BMIの指標 | |
---|---|---|
痩せすぎ(重度の痩せ) | 16.00未満 | 低体重(18.50未満) |
痩せ(中度の痩せ) | 16.00以上、17.00未満 | |
痩せぎみ(軽度の痩せ) | 17.00以上、18.50未満 | |
普通体重 | 18.50以上、25.00未満 | 標準 |
過体重(前肥満) | 25.00以上、30.00未満 | 太り気味(25.00以上) |
肥満(1度) | 30.00以上、35.00未満 | 肥満(30.00以上) |
肥満(2度) | 35.00以上、40.00未満 | |
肥満(3度) | 40.00以上 |
状態 | BMIの指標 | |
---|---|---|
低体重(痩せ) | 18.50未満 | 低体重 |
普通体重 | 18.50以上、25.00未満 | 標準 |
肥満(1度) | 25.00以上、30.00未満 | 肥満 |
肥満(2度) | 30.00以上、35.00未満 | |
肥満(3度) | 35.00以上、40.00未満 | 高度肥満 |
肥満(4度) | 40.00以上 |
乳幼児では BMIはカウプ指数と呼ばれ、18.0 以上が肥満傾向とされる。学童では、ローレル指数 (= 10 × kg/m3) が 160以上で「肥満」と見なされる。これらは身長と体重から単純に計算された値であり(成人の正常体重では BMIは「22」とされている)、大体の目安にはなるが、これだけでは筋肉質なのか脂肪過多なのかが分からない。BMIは標準体型の人には当てはまるが、骨太の人、足長な人、骨細の人、筋肉の量が多い人には間違った判定が出る欠点がある。このため、肥満と診断する際は下のような定義と併用することがある。
体脂肪率による肥満の診断
適正な体脂肪率は、男性では15%から19%、女性では20%から25%とされ、これを上回ると「肥満」と見なされる。正確な測定には困難を伴うため、その値の扱いを巡っての一定の見解は得られてはいない。筋肉質なのか脂肪過多なのかどうかを判断するには精密な機械を用いる必要があり、その際にはCTやMRIで体脂肪面積を測定し、体脂肪率を推定するのが最も正確と言われる。
診断
通常は内科医師が腹囲を見て診断するが、その診断基準は統一されてはいない。2007年6月、アメリカ糖尿病協会・アメリカ栄養学会・北米肥満学会は共同声明を発表し、「現時点では、腹囲の基準値はすべて、科学的根拠が不十分であり、今後確立される科学的基準値は人種別、性別、年齢別、肥満度別の非常に複雑なものになるであろう」と指摘した。
脂肪細胞との関わり
高血糖と脂肪細胞
炭水化物を摂取することで血糖値が上昇すると、膵臓からホルモンの一種であるインスリン(Insulin)が分泌される。高血糖(血中のブドウ糖の濃度が高い)状態は身体にとっては毒でしかないため、血中に溢れたブドウ糖をかき集めて筋肉や肝臓内のグリコーゲン(ブドウ糖の貯蔵庫)に蓄える。その後、時間が経過するとともに、安静にしていても、運動する際のエネルギー源としてもグリコーゲンは消費されていく。グリコーゲンにも貯蔵しきれないぐらいに血中のブドウ糖濃度が上昇すると、インスリンはそれを全部中性脂肪に合成して脂肪細胞内部に閉じ込める。それに伴い、血糖値が低下するが、インスリンの分泌量が多すぎると、急に空腹を感じたり、急激な眠気が襲ってくる。インスリンは全身の脂肪細胞に強く作用し、摂取した炭水化物を中性脂肪に合成して脂肪細胞内に閉じ込め、脂肪細胞は肥大していく。脂肪細胞は、肥大するにつれて「サイトカイン」(Cytokine, 「炎症性分子」)を放出するようになり、これは全身に有害な影響をもたらす。
脂肪細胞の肥大化
脂肪細胞は、細胞質内に脂肪滴を有する細胞のことである。前駆脂肪細胞が、脂肪細胞への脂肪酸輸送を促進する転写因子であるPPARγ等の因子によって刺激されて成熟脂肪細胞(正常脂肪細胞)となる。カイロミクロンやVLDLの中性脂肪をリポタンパクリパーゼによって分解し、脂肪酸を脂肪細胞へ運ぶことによって脂肪細胞が成熟する。また、グルコースが脂肪細胞へ取り込まれると脂肪酸が合成される。通常の脂肪細胞は、インスリン受容体を介さずにグルコースの取り込みを促進し、さらに、インスリン受容体の感受性を良くするアディポネクチンを分泌する。インスリンの過剰分泌が起こるごとに脂肪細胞は肥大化していき、肥大化脂肪細胞となる。脂肪細胞の大きさが上限に達し、これ以上脂肪を溜め込めない状態になると、周囲の前駆脂肪細胞がPPARγによって刺激されて成熟脂肪細胞となり順次肥大化していく。また、脂肪細胞も細胞分裂し、脂肪細胞の数も増加する。この巨視的な状態が肥満である。
白色脂肪細胞はヒトにおいて250から300億個あり、直径は成熟脂肪細胞において70から90マイクロメートルであり、肥大化脂肪細胞は130から140マイクロメートルまで大きくなる。
なお、インスリンは、脂肪細胞が満杯になってしまう場合に備えて脂肪細胞を新たに増やすよう信号を送る。脂肪細胞が体内に存在する動物は、インスリンが分泌される限り無限大に太っていく。ヒトもまた例外ではない。
肥大化脂肪細胞の分泌
脂肪細胞が肥大し、その数が増えていくにしたがって、(TNFα、脂肪酸、レジスチン)、肥満中枢を刺激して食欲を抑制するレプチン、インスリン受容体の感受性を良くするアディポネクチンの分泌低下、血液凝固を促進する物質(組織プラスミノーゲン活性化因子〈 Tissue Plasminogen Activator 〉を阻害する)、単球やリンパ球の遊走を惹き起こす「単球走化性タンパク質」(Monocyte chemoattractant protein)、昇圧作用を持つ生理活性物質アンジオテンシンIIの原料となるアンジオテンシノーゲンが分泌され、最終的にインスリン抵抗性(Insulin Resistance)を惹き起こす。
インスリン抵抗性
脂肪細胞が肥大化すると、特に内臓に存在する脂肪細胞から遊離脂肪酸が遊離される。この脂肪酸の一部が骨格筋や肝細胞に運ばれ、骨格筋内へ運ばれた脂肪酸はタンパク質分子をリン酸化する酵素であるプロテインキナーゼCを活性化し、更にNF-κBに関連したIκBαのセリン残基をリン酸化する酵素複合体(IκB kinase)が活性化され、インスリン受容体基質であるIRS1タンパクのセリン残基をリン酸化する。この経路によってIRS1タンパクがリン酸化されると、正常なリン酸化過程が阻害され、結果的にIRS1以降のシグナルが伝達されず、インスリン依存のグルコーストランスポーターであるGLUT4を膜に移送できなくなる。GLUT4が機能しにくくなると、グルコースが細胞に取り込まれにくくなる。インスリン抵抗性に見られる症状の1つである。
もう1つのメカニズムとして、脂肪細胞から単球走化性タンパク質であるMCP-1が遊離され、MCP-1は単球を引き寄せ、細胞外に出た単球は活性化されてマクロファージとなる。このマクロファージは脂肪細胞の周囲に集積し、ここから腫瘍壊死因子として知られるTNFαを分泌する。TNFαが受容体に結合するとセリン・スレオニンキナーゼであるJNK(c-Jun amino-terminal kinase)がインスリン受容体基質であるIRS1タンパクのセリン残基をリン酸化する。この経路でも上記メカニズムと同様にインスリン抵抗性となる。また、TNFαは、GLUT4の発現を抑制する作用もある。TNFαのこれらの作用は著明なインスリン抵抗性をもたらす。
さらに加えて、脂肪細胞から分泌されるアディポネクチンは、TNFαや遊離脂肪酸と異なり、インスリン受容体の感受性を上げるが、脂肪細胞の肥大化によりアディポネクチンの分泌が低下し、結果としてインスリン抵抗性につながる。
高血圧との関係
脂肪細胞が肥大化すると、次のことが起こる。
- 交感神経活動の亢進
- :過剰に分泌されたレプチンが交感神経の活動を亢進させ、血管が収縮し、血圧が上昇する。
- レニン-アンジオテンシン系の活性化
- :アンジオテンシノーゲンは肝臓で産生されるが、肥大化脂肪細胞からも産生、分泌される。アンジオテンシノーゲンから生成されたアンジオテンシンⅡは、副腎皮質球状帯に作用してナトリウムの再吸収を促進するアルドステロンの分泌を促進し体内に水分を貯留する。また、脳下垂体に作用し利尿を抑えるホルモンである抗利尿ホルモンであるバソプレッシン(ADH)の分泌を促進し同じく体内に水分を貯留する。これらのことにより高血圧を招く。肥満患者において高血圧症が多いのはこのためである。
また、肥満細胞の肥大化によるインスリン抵抗性の発現は高インスリン血症(Hyperinsulinemia)の原因となる。これは尿細管に直接作用してナトリウムの貯留につながり、水分の貯留により血圧が上昇する。
炭水化物を制限すると血圧は低下する
炭水化物や砂糖を食べて血糖値とインスリン濃度が高い状態になると、インスリンは腎臓に対して「ナトリウムを再吸収せよ」という信号を送り、腎臓はその指令のとおりに動く。インスリンは尿酸の分泌を阻害し、それに伴って身体は水分を保持しようとし、血圧は上昇する(→高血圧)。
臨床研究では、高血圧患者の約50%が高インスリン血症や耐糖能異常(Impaired Glucose Tolerance)を示し、2型糖尿病患者の最大80%が高血圧症を示している。インスリンは内皮において一酸化窒素の産生を刺激し、血管弛緩(Vasorelaxation)を誘発する作用も持つ。また、インスリンは腎臓に対して「ナトリウムを再吸収せよ」との信号を送る。腎臓は体内のナトリウムの量を保持し、インスリンはナトリウムの体外への排泄を抑制・妨害する。ナトリウムの蓄積は余分な水分貯留につながり、高血圧を惹き起こす。正常な血糖値を維持するためにインスリンが分泌され、それに伴う高インスリン血症は、インスリンによるナトリウム保持作用を悪化させ、高血圧をもたらす。
食事を終えて時間が経過したり、糖分が少ない食事を摂ったり、長時間絶食すると、血糖値と血中のインスリンの濃度が低下する。血中のインスリン濃度が低下すると、腎臓は貯蔵していたナトリウムを、体内に溜まった余分な水分と一緒に体外に排出する。炭水化物の摂取を制限すると血圧は低下し、降圧剤の服用回数を減らせる。高血圧をもたらすのは塩ではなく、インスリン抵抗性を直接惹き起こす砂糖であり、砂糖の摂取を減らすと、空腹時のインスリン濃度は低下し、血圧も低下する。ナトリウムとカリウムの摂取量が多いほど血圧は低くなり、この両方の摂取量が少ないほうが血圧は高くなる。
高血糖と糖化
肥満は糖尿病とも密接に関わっている。40歳から59歳の男性で、糖尿病が強く疑われる人の割合、BMI18.5 - 22が5.9%、BMI22 - 25が7.7%、BMI25 - 30が14.5%、BMI30以上が28.6%であった。なお、加齢を重ねていない20-39歳の男性ではこのような大きな差は出ていなかった。1971年から1980年のデータで糖尿病患者と日本人一般の平均寿命を比べると男性で約10年、女性では約15年の寿命の短縮が認められた。このメカニズムとして、高血糖が生体のタンパク質を非酵素的に糖化させ、タンパク質本来の機能を損なうことによって障害が発生する。これはAGEs(Advanced Glycation End Products, 「最終糖化産物」と呼ばれる)が体内で次々に作られ、身体の至るところで炎症を引き起こす。「糖化」とは「老化」のことである。この糖化による影響は、血管の主要構成成分であるコラーゲンや水晶体蛋白クリスタリンのような寿命の長いタンパク質ほど大きな影響を受ける。白内障は老化現象の一種であるが、高血糖状態が続くことでより高度に進行する。高血糖は、動脈硬化や微小血管障害の原因にもなる。この糖化反応で生じたフリーラジカルが酸化ストレスも増大させる。
メタボリック症候群
炭水化物を食べ続けることで慢性的な高血糖が常態化すると、身体はさらにインスリンの分泌量を増やそうとする。インスリンの分泌量が異常に増える状態が続くことで高インスリン血症となり、身体にますます脂肪が蓄積して悪循環に陥る。炭水化物の摂取を増やせば増やすほど、血糖値の乱高下を惹き起こし、細胞は燃料不足に陥り、それに伴って空腹を感じて食欲が増し、とくに炭水化物を多く含む食べ物に対する渇望感が強まる。インスリンは体内で暴走し、炭水化物や砂糖が多いものを見境いなく欲しがる状態になる。血中のインスリン濃度が高い状態が続くことで、身体はインスリン抵抗性を発症し、糖尿病を患うリスクが急上昇する。インスリンの大量分泌が常態化し、膵臓が疲弊すると、インスリンの分泌が機能不全に陥り、血糖値の微調整も不可能になり、糖尿病を発症する。この状態でも炭水化物を食べるのを止めることなく、インスリンの注射を怠ると、命の危険に直結する。いわゆるメタボリック症候群は、このインスリン抵抗性がより重篤になった状態でもある。
1980年代、スタンフォード大学の名誉教授で内分泌学者、ジェラルド・リーヴン(Gerald Reaven)は、「高血糖、インスリンの過剰分泌、ならびにインスリン抵抗性と高インスリン血症こそがメタボリック症候群(Metabolic Syndrome)の根本的な原因である」と考え、「高血糖とインスリンの過剰分泌をもたらすのは炭水化物および砂糖・果糖である」とした。1987年、アメリカ国立衛生研究所は総意委員会を招集し、糖尿病の予防や治療について、集まった委員たちに議論させた。出席者の1人であったリーヴンは、「Anyone who consumes more carbohydrates has to dispose of the load by secreting more insulin.」(「誰であれ、炭水化物の摂取量が多いほど、その人の体内ではインスリンがさらに分泌され、身体はその処理に追われることになる」)と述べた。1988年、アメリカ糖尿病協会が主催した「バンティング・レクチャー」(Banting Lecture, インスリンの共同発見者の1人、フレデリック・バンティング(〈Frederick Banting, 1891~1941〉に敬意を払っている)に出席したリーヴンは、メタボリック症候群は肥満・糖尿病・高血圧とも密接に関係している趣旨を述べた。
肥満と疾患
単純性肥満
親のいずれか、もしくは両親とも肥満であることが多く、身長が暦年齢相当で、精神運動発達は正常、奇形は見られない。食生活が最も影響する。
肥満、疾患、合併症
シンシナティ小児病院医療センター(Cincinnati Children's Hospital Medical Center)で行われた研究では、「肥満の女の子は思春期初来が早く、胸が大きくなり始める(乳房の発達が始まる)のが早い」という。これは男の子でも同様であり、「肥満の男児は第二次性徴が早く発現する」。脂肪沈着は、皮下脂肪から内臓脂肪へ、さらには脂肪以外の臓器(異所性脂肪)へと進行し、それに伴って以下の合併症の頻度が大きくなる。
- 肝臓癌・・・多くの癌で死亡リスクが増大するが、相対危険度が最も高いのは肝臓癌であった。膵癌、胃癌がこれに次ぐ。
- 変形性関節症・・・体重が1kg増加するごとに、膝関節への負荷は3kgほど増加するとされる。肥満は変形性膝関節症や変形性股関節症といった関節症のリスクも助長する。体重が5kg増えるごとに、変形性膝関節症のリスクは36%上昇するという。
- 下肢静脈瘤。
関連の強さ | リスクを下げるもの(部位) | リスクを上げるもの(部位) |
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確実 | 身体活動(結腸) | 過体重と肥満(食道<腺がん>、結腸、直腸、乳房<閉経後>、子宮体部、腎臓)、(略) |
可能性大 | 身体活動(乳房)、(略) | (略) |
症候性肥満・二次性肥満
肥満による代謝異常や内分泌疾患を「症候性肥満」「二次性肥満」と呼ぶ。
- ナルコレプシーによる代謝異常。
- 視床下部性肥満 : プラダー・ウィリー症候群 - フレーリッヒ症候群 - ローレンス・ムーン・ビードル症候群
- クッシング症候群・・・副腎皮質ステロイドの過剰による症状の一環として肥満になる
- 甲状腺機能低下症・・・甲状腺機能の低下によって脂肪分解が阻害される
- カルシウムの代謝に関連するホルモンであるPTHに対する細胞の反応異常を示す偽性副甲状腺機能低下症のIa、Ic型や偽性偽性副甲状腺機能低下症では、オルブライト遺伝性骨異栄養症(肥満、低身長、円形顔貌、中手骨・中足骨の短縮)を特徴とする肥満を示す
- 多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)の女性は、男性化(多毛、にきび、低声音)と肥満を示す
- 薬物性肥満・・・薬物の副作用として肥満が起こる。副腎皮質ステロイド薬を初めとするものだが、インスリンを注射するか、インスリンと同様の作用を持つ薬を注射しても肥満になる
- 内分泌性肥満・・・甲状腺機能低下症、クッシング症候群、性腺機能低下症、成人成長ホルモン分泌不全症、多嚢胞性卵巣症候群、インスリノーマ、ナルコレプシー
- 遺伝性肥満
- 視床下部性肥満
肥満による死亡率
国立がん研究センターによる16万人の男性に対する平均11年間の追跡調査によれば、全死因でもっとも死亡率が少なかったのは、BMI値が25 - 26.9とされたグループであったという。このグループは「肥満」に該当する。
アメリカ疾病管理予防センターが様々な人種の約288万人を対象に行った研究結果によれば、「BMI値が『18.5 - 25未満の標準体重グループ』と『25 - 30未満の過体重グループ』では、過体重グループの方が死亡リスクが6%も低い」という。
遺伝説
「なぜ太るのか」について、「過食よりも遺伝子が重要な役割を果たしている」と唱える研究者もいる。「体は一定の体重を保とうとする機能」があり、その人にとっての望ましい体重を決定づけるのは遺伝子であり、肥満体であったとしても、それは「本人にとっては正常な状態である」という。また、肥満体の親と同じものを食べている子供の場合、親と同じように肥満体になる可能性が高くなる。
レプチン
ホルモン、レプチン(Leptin)がエネルギーの消費増加と食欲を司るという説が発表された。その後、肥満に関係した多くのホルモン様物質が発見されており、脂肪組織は、単なるエネルギー貯蔵庫ではなく、内分泌器官と考えられるようになってきており、それらホルモン様物質の多くは炎症に関係している。
レプチンは脂肪細胞から分泌されるホルモンであり、これが脳の視床下部に到達すると、脳は身体に対して食べるのを止めるよう信号を送る。レプチンは「過食を防いでくれるホルモン」とされている。肥満体の場合、レプチンが正常に機能していない状態にあり、その体内ではホルモン異常が惹き起こされている可能性が高い。
睡眠不足と肥満
睡眠時間の短さと肥満との相関関係を指摘する数多くの報告がある(日本大学、兼板佳孝)。
シカゴ大学内分泌学部門のイヴ・ヴァン・コーター博士は、睡眠不足が肥満に結びつくメカニズムについて、以下のように説明している。「睡眠不足は飢餓信号を送るホルモン、グレリンの分泌を増加させ、レプチンの分泌量が減る。睡眠科学の分野の研究者らは、この発見を踏まえて、小児を対象にした分析を立て続けに行なった。この研究を行っている研究者に共通した見解は『睡眠時間の短い子供はよく寝ている子供より太っている』」という。
睡眠時間が短過ぎたり、ストレスに常に晒されていると、「ストレス・ホルモン」であるコルチゾール(Cortisol)の分泌が増える。コルチゾールは、脂肪を蓄積させるホルモン、インスリンの分泌を誘発するため、「ストレスで太る」可能性は十分にある。
腸内細菌
環境要因のひとつとして腸内細菌叢が肥満を惹き起こしているとする研究がある。
肥満の有無に、「アッカーマンシア・ムシニフィラ(Akkermansia muciniphila)という腸内細菌が関わっている」との指摘がある。この細菌が少ない人ほどBMI数値が高いという。痩せている人ではこの細菌が腸内細菌の4%を占め、太った人ではほとんどゼロである。この細菌は腸壁を覆う粘液層の表面に潜んでいる。この細菌が少ないと粘液層が薄くなり、リポ多糖が血中に入りやすいとされる。なお、リポ多糖は脂肪細胞の炎症を引き起こし、新しい脂肪細胞の形成を妨げ、既存の細胞に過剰な量の脂肪の蓄積を惹き起こすという。
世界保健機関による勧告
世界保健機関(WHO)は、肥満問題に対する戦略として以下を挙げている。
食生活
2003年、世界保健機関は、肥満について、「高カロリー食品、動物性脂肪、ファストフード、砂糖を含んだジュースの過剰摂取が原因である」と発表した。
2014年、世界保健機関は、肥満と口腔の健康に関する体系的批評を元に、砂糖の摂取量をこれまでの1日あたり10%以下を目標とすることに加え、5%以下ではさらなる利点があるという砂糖のガイドラインのドラフトを公開した。具体的には、砂糖の摂取量は「1日にティースプーン6杯分以内(約25グラム)に抑えること」としている。
治療法
肥満の治療方法としては、食事療法と運動療法の2つであると言われる。 短期的には減量できるが、減量した体重を維持するのはなかなか難しく、運動と減食を続けるように、と要求されることが多い。生活習慣の改善を伴った長期的な減量成功率は、「2 - 20%」とされている。食生活の改善は、妊娠期における体重増加を食い止め、母子の健康を改善する。
手術
歩行や呼吸が困難になるほどの重篤な肥満は「病的肥満」と呼ばれ、手術を要する場合もある。
- 胃縮小術
- 開腹手術として、肥満に対する最初にして唯一の保険収載の外科手術治療
- 腹腔鏡下スリーブ状胃切除手術(袖状胃切除術とも。Laparoscopic sleeve gastrectomy:LSG)
- 胃の大彎側を腹腔鏡下に切除する治療法。前述の胃縮小術と近いが開腹手術ではなく腹腔鏡下手術である。日本でもBMI数値が35以上の場合、保険が適応される(K656-2 腹腔鏡下胃縮小術(スリーブ状切除によるもの、36,410点)
- 腹腔鏡下調節性胃バンディング手術(Laparoscopic adjustable gastric banding:LAGB)
- 胃の上部にバンドを巻いて調節ポートを皮下に埋め込む手術。調節ポートでバンドの収縮具合を調整する。保険は適応されない
- 腹腔鏡下Roux-en-Y胃バイパス手術(Laparoscopic Roux-en-Y gastric banding:LRYGB)
- 小腸バイパス術(Jejunoileal bypass:JIB)や胆膵バイパス術(Biliopancreatic diversion:BPD)の応用として開発された。保険は適応されない
- 内視鏡的胃内バルーン留置術(endoscopic intragastric balloon:IGB)
- 1982年にNieben OGとHarboe Hによって考案され、胃内に生理食塩水を注入したバルーンを留置(Bioenteric Intragastric Balloon:BIB®)する。バルーンが劣化を見せたら、6ヵ月ごとに交換する必要がある。これも保険は適応されない
- AspireAssistシステム
- 胃瘻を増設し、専用の減量装置を用いる。アメリカ食品医薬品局が2016年に承認した。食事から約20分後に、体外の装置を胃瘻ポートに取り付けられ、胃内内容物のおよそ30%が排出・廃棄される
薬物治療
- マジンドール(商品名:サノレックス)
- セマグルチド(商品名:オゼンピック、リベルサス)
- リラグルチド(商品名:ビクトーザ)
- ゼニカル(脂肪吸収阻害剤 orlistat; 日本未発売)
- 防風通聖散(ボウフウツウショウサン) 漢方薬:麻黄、甘草、荊芥、連翹、ほか合計18種類の生薬より構成される。耐糖能異常を有する肥満者に有効
- 大柴胡湯(ダイシサイコトウ) 漢方薬:柴胡、半夏、黄芩、芍薬、大棗、枳実、生姜、大黄より構成され、胃炎、常習便秘、高血圧や肥満に伴う肩こり・頭痛・便秘、神経症、肥満症に有効
- 防已黄耆湯(ボウイオウギトウ) 漢方薬:黄耆、防已、蒼朮、大棗、甘草、生姜より構成され、肥満に伴う関節の腫れや痛み、むくみ、多汗症、肥満症に有効
肥満の国際的状況
世界的には、男性の24%と女性の27%が肥満であるという。一般的に、アジア諸国に比べてアメリカ合衆国および欧州各国のほうが肥満の人々の割合が高いとされる。
2021年6月、世界保健機関は以下のように発表した。
- 世界において、1975年以降、肥満は約3倍に増加している
- 2016年、18歳以上の成人19億人以上は太り過ぎであり、そのうちの6億5千万人以上が肥満であった
- 2020年、5歳未満の子ども3900万人が、過体重もしくは肥満であった
アメリカ合衆国
アメリカ合衆国では、BMIが「30」以上で「肥満」と見なされている。2002年に取られたデータによれば、BMIが25以上の国民は65.7%で、BMIが30以上の子供は16%以上に達するという。同国では、ジャンクフードの販売について、子供の健康や食の嗜好を守るために自主規制する方向に向かっている。公的な医療保険制度が整っていないことも手伝い、経済上の理由による医療保険未加入者が約4700万人いると言われており、低所得者層ほど栄養価の高いものは食べられず、肥満や病気を患いやすくなっている。アメリカ国民の30%以上は肥満であり、単純性肥満は全肥満のうちの約90%を占めるとされる。
アメリカ医学研究所(のちの『全米医学アカデミー』, National Academy of Medicine)は、「カロリーが高く、栄養価に乏しい食品のコマーシャルが子供の肥満に関わっている」としており、自主規制ないし政府の介入を求めた。
シカゴ大学(The University of Chicago)は、「18歳未満をターゲットにした食べ物のコマーシャルに使われている商品の90%以上が栄養価に乏しいものばかりであり、食の嗜好に影響を与える」と報告した。
公立学校において、肥満対策として「糖分の多い飲料や脂肪を除去していない牛乳の販売はしないように」との合意ができた。この合意は「任意」であるという。
マクドナルドやペプシコは、「12歳以下の子供にはジャンクフードの広告を見せない」との合意に至った。
メキシコ
1980年の時点ではメキシコの肥満率は7%であったが、2016年には20.3%に上昇した。同国では、年間80,000人が糖尿病で命を落としている。北米自由貿易協定が締結されたのち、アメリカのファーストフードレストランやコンビニが増えた。「メキシコ人の多くがソフトドリンクや加工食品を利用しやすくなった」「自由貿易協定に基づき、アメリカの企業による投資がメキシコ人の食生活の変化と肥満の増加を加速させた」と結論付けている学者もいる。
東ヨーロッパ
ルーマニアの研究機関によれば、ルーマニア国民の4人に1人が肥満であり、子供の肥満の場合、冷戦時代の2倍以上の8%に達するという。肥満の一歩手前の「太り気味」も含めると、5人に1人が生活習慣病のリスクを抱えているという。また、「所得の低い家庭ほど、ファストフードに頼る傾向がある」とされる。2010年1月、同国は「ジャンクフード税」の導入を発表した。ブルガリアでは、政府の方針に基づき、全国の学校の食堂や売店からスナック菓子や清涼飲料水を撤去した。
クウェート
2010年の時点で、国民の74%が「太りすぎ」であり、国民の14%は糖尿病を患っており、その数は増加しつつあるという。8歳の子供が糖尿病にかかる事例も起こっている。政府は健康的な食品の販売や運動の奨励を行うことで対策に乗り出しているという。
中国
2010年の時点での中国の肥満人口は3億2500万人であったが、2030年には倍増して6億5000万人に達する見通しだという。
日本
日本における肥満率は先進国最小の低さであり、BMI指数は男女とも「普通体重」階級内に収まる。男子のほうが肥満傾向にある。
日本における肥満(BMI30以上)の頻度は3%とされているが、成人や小児を問わず、肥満は増加しているという。10歳から12歳では、男子の10%、女子の8 - 9%が肥満であり、その9割以上が単純性肥満であるという。健康増進法が制定されたことに伴い、肥満者には特定健診・特定保健指導が推進されている。
太平洋の島嶼国家
18歳人口のうち、肥満とされる人の比率を示す肥満率の国際比較では、南太平洋に点在する島嶼国家が上位を占める。世界保健機関が肥満率を集計した2014年のデータによれば、トップのクック諸島は50%を超え、上位10カ国に入るパラオ、ナウル、サモア、トンガ、ニウエ、マーシャル諸島、キリバス、ツバルは40%台であり、成人の半数近くが「肥満」と見なされている。
トンガの首相、アキリスィ・ポヒヴァ(Akilisi Pōhiva)は、近隣島嶼国家の首脳に対し、1年間の「ダイエット競争」を呼び掛けた。
その他の国々
ブラジルにおける女性の肥満率は、1975年には24%だったのが、2003年には38%に上昇した。バングラデシュにおいては、1996年では3%だったのが、2007年には12%に上昇した。ケニアにおいては、1993年には15%だったのが、2003年には26%に上昇した。
肥満と減食・運動について
カール・フォン・ノールデンによるカロリー理論
「痩身や減量というのは、食事制限や運動をせずして成功しない」と言われることが多い。「食べる量を減らして運動しろ」ということであるが、実際には、この言い分には何の根拠も無い。後述のとおり、「『食べる量を減らして運動量を増やす』は、『体重を減らす』という点においても、『病気を防ぐ』という点においても、『何の効果も無い』」という結果が次々に出ている。
「カロリー」を体重の増減に絡めて初めて提唱したのはドイツ人の内科医カール・フォン・ノールデン(Carl von Noorden)であり、彼が1907年に英語で発表した『Metabolism and Practical Medicine』(『代謝と実践医療』)の第3章『Obesity』(『肥満』)の中で、
「The ingestion of a quantity of food greater than that required by the body leads to an accumulation of fat, and to obesity should the disproportion continued over a considerable period.」(「身体が必要としている以上の量の食べ物を摂取することが脂肪の蓄積をもたらし、その不均衡が長期に亘って続くと、肥満になるはずである」)
と記述している。その後、このノールデンの主張は、体重を制御する方法やダイエットについて伝授する人間がほぼ必ずと言っていいほど口にするようになった。ノールデンによるこの著作物は、インターネットでも読むことが可能。
「ヒトは消費する以上に多くのカロリーを摂取するから太るのである」という考え方を概念や理論として広めた人物の元祖はノールデンということになる。
ノールデンが唱えたカロリー理論に基づく形で、1日の適正カロリーに対してほんの2%だけ余剰にカロリーを摂取し、それを10年間続けると、25キログラムの体重増加につながるとされる。
食べる量を減らすと代謝は悪化する
カロリー理論に基づく「食べる量を減らして運動量をもっと増やす」に忠実に従ってきた結果、肥満や糖尿病を患う人々は増え続けている。肥満が蔓延している点について、カロリー理論では満足のいく説明が提供されないままであり、カロリー理論には説得力が無い。
食べる量を減らすと、空腹感が強まり、身体はエネルギーの消費を減らそうとし、代謝は悪化し、体重は減少しなくなる。食べる量を減らすと、動物はエネルギーの浪費を抑えようとして身体を動かすのを止める。身体を動かすのに必要なエネルギーが入ってこないからである。身体がエネルギー不足に陥ると、過食に走るか、エネルギーの消費を減らそうとして動かなくなるか、あるいはその両方の行動に出る。そして、体重は、食べる量を減らされる前よりも大幅に増加し、肥満になる。
カロリー制限は、まず失敗に終わる運命にある。摂取カロリーを抑えた食事や低脂肪な食事は代謝を悪化させ、空腹感をますます強め、ストレスホルモン(コルチゾール)の上昇に伴う飢餓反応を惹き起こす。
1941年、ウイーン大学の教授で肥満の研究家、ユリウス・バウアー(Julius Bauer)は以下の記述を残している。
「現在流布している肥満理論は、食物の摂取とエネルギー消費の間の不均衡しか考慮しておらず、不十分である・・・エネルギーの摂取と消費の不均衡における食欲の増加は肥満の原因ではなく、脂肪組織が異常を惹き起こした結果である」
ウィリアム・ハワード・タフト
アメリカ合衆国第27代目大統領、ウィリアム・ハワード・タフト(William Howard Taft)は、歴代のアメリカ大統領の中でも随一の肥満体であった。タフトはイギリスの医師、ナサニエル・E・ヨーク=デイヴィス(Nathaniel E. Yorke-Davies)に連絡を取り、肥満の進捗状況について手紙でのやり取りを始めた(週に2回)。タフトが初めてデイヴィスに連絡を取ったのは48歳のときであった。デイヴィスはタフトに対し、体重を少なくとも60-80ポンド(約27-36kg)減らすよう伝え、毎日運動するように、とも伝えた。タフトはカロリーが低く、脂肪が少ない食事を取るようにした。食事は決まった時間に取り、軽食は避け、自分が食べたものを日記に記録した。脂肪が少ない肉か魚を少しずつ食べ、体重を毎日量り、専属運動訓練教官を雇い、運動の一環として乗馬に励んだ。デイヴィスとのやり取りを始めて半年後の1905年4月までに、タフトは体重を60ポンド減らしていた。しかし、タフトは手紙に「私は絶えず空腹に襲われている」と書き残した。そして、減ったはずの彼の体重はみるみるうちに戻り始め、タフトは主治医との手紙のやり取りを止めてしまった。1909年に合衆国大統領に就任した時点で、タフトの体重は354ポンド(約161kg)にまで達していた。1911年のある日に書き残した日記では、タフトの体重は332ポンド(約151kg)であり、彼の主任家政婦、エリザベス・ジャフリー(Elizabeth Jaffray)によれば、タフトは医師の助言に忠実に従っていたという。タフトは食べる量を減らしたが、「どういうわけか、大統領の体重は全く減らなかった」と、ジャフリーは書き残した。ハーヴァード公衆衛生大学院(The Harvard School of Public Health)のエリック・リム(Eric Rimm)は、「たとえ合衆国大統領であっても、意志の力はそう長くは続かないものだ」と述べた。ある時期、デイヴィスは、タフトは体重を14ポンド(約6.4kg)減らせるはずだ、と考えたが、実際には9ポンド(約4.1kg)しか減っていないことを知ると、やきもきした。1930年にタフトが心臓病で亡くなったとき、彼の体重は280ポンド(約127kg)であった。ロックフェラー大学(Rockfeller University)の肥満の研究者、ジュールス・ハーシュ(Jules Hirsch)は、体重を大幅に減らし、その減ったあとの体重を維持することは、身体を飢餓状態に置くことと同義である、と述べた。肥満患者の多くは、病棟で暮らしながら体重を正常な数値まで減らすことに同意するが、患者はいずれも耐え難い空腹に襲われ、患者のほぼ全員がその酷い空腹に耐えきれず、苦労して減らしたはずの体重は元に戻ってしまうのだという。ハーシュは「人間を突き動かす最も重要な原動力の1つは、飢餓を防ぐことだ」と断言した。ジョージ・ワシントン大学の肥満研究者、スコット・カハンは、ウィリアム・ハワード・タフトの減量の苦闘について読み、「体重を減らし、その減ったあとの体重を維持するのは、本当に困難だ。でなければ、誰もが痩せたままでいられるだろう」と述べた。
ケトン食療法
ミネソタ州ロチェスター市にあるメイヨー・クリニック(Mayo Clinic)の医師、ラッセル・ワイルダー(Russell Wilder)は、糖尿病と肥満の治療に関心が高かった。1920年代前半、ワイルダーは『ケトン食』を開発し、肥満患者・糖尿病患者にこれを処方している。これは食事において、「摂取エネルギーの90%を脂肪から、6%をタンパク質から摂取し、炭水化物の摂取は可能な限り抑える」(極度の高脂肪・極度の低糖質な食事)というもの。元々は癲癇(Epilepsy)を治療するための食事法であったが、「肥満や糖尿病に対しても有効な食事法になりうる」としてワイルダーは開発した。炭水化物とタンパク質の摂取は可能な限り抑え、大量の脂肪分を摂取することで、身体は脂肪を分解して作り出す「ケトン体」(Ketone Bodies)をエネルギー源にして生存できる体質となる。この食事法は『ケトジェニック・ダイエット』(The Ketogenic Diet)として知られるようになる。『アトキンス・ダイエット』を提唱したロバート・アトキンスも、著書『Dr. Atkins' Diet Revolution』の中でケトン体について触れており、「炭水化物の摂取を極力抑え、脂肪の摂取量を増やすことで、身体はブドウ糖ではなく、脂肪をエネルギー源にして生存できる」という趣旨を述べ、体重を減らしたい人に向けて、炭水化物を避けるか、その摂取制限を奨めている。
なお、ケトン食を摂取し続けることで、身体は炭水化物ではなくケトン体を常に燃料にする体質となり、肥満や過体重の場合、体重、中性脂肪、血糖値が有意に低下し、心臓病を起こす確率が低下する。低脂肪食と比較して、ケトン食は肥満患者や糖尿病患者の体重を大幅に減らし、血糖値とインスリン感受性を改善させ、代謝機能障害に関係する死亡率も低下させる可能性がある。
ケトン食はミトコンドリアの機能と血糖値を改善し、酸化ストレスを減少させ、糖尿病性心筋症(Diabetic Cardiomyopathy)から身体を保護する作用がある。
また、ケトン食は記憶力の改善と死亡率の低下をもたらし、末梢軸索(Peripheral Axons)と感覚機能障害(Sensory Dysfunction)を回復させ、糖尿病の合併症も防げる可能性が出てくる。
ウィリアム・バンティングによる減量法
ウィリアム・バンティング(William Banting)は、ロンドン生まれの葬儀屋であった。バンティングは、自身が太り過ぎていたことに悩んでいた。その彼に炭水化物の摂取を制限する食事法を奨めたのは、医師であり友人でもあったウィリアム・ハーヴィーであった。ハーヴィーがこの食事法を学んだのは、フランスの医師、クロード・ベルナール(Claude Bernard, 1813-1878) がパリで行った糖尿病についての講演を聴いたのがきっかけであった。
バンティングは、身体が重いゆえに自分で自分の靴紐を結ぶことすらできず、膝や足首の関節を痛めないよう、階段を降りる際にはゆっくり後ろ向きで降りる必要があり、階段を上るだけでも息切れするほどであった。バンティングが「この国でもっとも有能な医師」と呼んでいた医者に相談した際には、「体重が増えるのは全く自然なことであり、自分も体重が毎年1ポンドずつ増えている」と言われ、バンティングの身体の状態については全く驚かない、として、「運動、サウナ風呂、洗髪と薬を増やしなさい」と言われただけであった。彼はへその緒が裂け、視力が落ち、耳も聞こえなくなりつつあった。難聴について耳鼻科医に相談するも、「大したことはない」として耳を掃除し、他の障害については何も尋ねなかった。バンティングの身体の不調はますます強まっていった。
バンティングは、体重を減らす目的でテムズ川で毎朝ボートを漕ぎ続けることにした。彼の腕の筋力は強化されたが、それに伴って猛烈な食欲が湧き、体重は減るどころかますます増えていった。医師であり、友人でもあったウィリアム・ハーヴィー(William Harvey)はバンティングに「運動を止めなさい」と助言し、炭水化物を制限する食事法を教えた。ハーヴィーはバンティングに対し、「あなたは太り過ぎだ。脂肪があなたの聴覚管の1つを塞いでいる。すぐに体重を減らさねばならない」と述べた。この食事法に従ったバンティングは大幅に体重を減らしただけでなく、身体の不調も回復していった。1863年、バンティングは、減量に成功した食事法や、減量にあたって試しては失敗を続けてきた方法についてまとめた『Letter on Corpulence, Addressed to the Public』(『市民に宛てた、肥満についての書簡』)を出版した。バンティングはこの書簡の中で、「減量に対して何の効果も無い方法」の1つとして「食べる量を減らして運動量を増やす」を挙げている。バンティング自身、テムズ川でボートを漕ぐだけでなく、水泳やウォーキングにも励み、食べる量を極端に減らす「飢餓食」(Starvation Diets)も試したが、体重は減らず、体力はどんどん低下していった。バンティングを減量へと導いたのは、食べる量を減らしたことでもなければ、運動量を増やしたことでもなく、「炭水化物を制限する食事法」であった。彼は、
「I had the command of a good, heavy, safe boat, lived near the river, and adopted it for a couple of hours in the early morning. It is true I gained muscular vigour, but with it a prodigious appetite, which I was compelled to indulge, and consequently increased in weight, until my kind old friend advised me to forsake the exercise.」(「私は、重く、安全なボートを所有しており、川の近くに住んでいた。私は早朝に2 - 3時間ボートを漕ぐ習慣を付けることにした。確かに私の筋力は強化されたが、それに伴って尋常でないほどの食欲が湧くようになり、食欲の抑制が効かなくなった。親切な旧友から『運動の習慣を捨てなさい』との忠告を受けるまで、体重の増加が止まることは無かった」)
「I can confidently state that quantity of diet may safely be left to the natural appetite; and that it is quality only which is essential to abate and cure corpulence.」(「食べる量については、自然に湧いてくる食欲に従って差し支えない。肥満を和らげ、治療するために必要なのは食べ物の『質』だけである、と、確信をもって明言できる」)
との言葉を残している。
ノールデンが「消費する以上のエネルギーを摂取するから太るのだ」と唱える遥か以前から、ウィリアム・バンティングはカロリー理論に相当するやり方を実践していた。ほどなくして、これは減量においては何の役にも立たないことに気付いたバンティングは、『市民に宛てた、肥満についての書簡』の中で「減量に対して何の効果も無い方法」の1つに、「食べる量を減らして運動量を増やす」を挙げている。バンティングに炭水化物制限を教える前のウィリアム・ハーヴィーも、「激しい身体活動に励めば痩せられるはずだ」と考えていた。イングランドの医師、トマス・ホークス・タナー(Thomas Hawkes Tanner, 1824-1871)も、 著書『The Practice of Medicine』 ISBN 978-1377805573 の中で、「肥満を治療するにあたっての『ばかげた』治療法」の1つに、「食べる量を減らす」「毎日多くの時間を散歩と乗馬に費やす」を挙げ、「これらの方法をどんなに辛抱強く続けたところで、望む目的が達成されることはない」と断じている。
『Letter on Corpulence』はまもなくベストセラーとなり、複数の言語にも翻訳された。その後、「Do you bant?」(「ダイエットするかい?」)、「Are you banting?」(「今、ダイエット中なの?」)という言い回しが広まった。この言い回しは、バンティングが実践した食事法について言及しており、時にはダイエットそのものを指すこともある。のちにバンティングの名前から、「Bant」は「食事療法に励む」という意味の動詞として使われるようになり、「Banting」という言葉は、このウィリアム・バンティングの名にちなんで使われるようになった。「Bant」はスウェーデン語にも輸入され、「Att banta」は「to bant」(「食事療法に励む、ダイエットする」)、「Nej, tack, jag bantar」は「No thank you, I am banting.」(「いいえ、結構。今はダイエット中なんだ」)の意味で使われるようになった。英語辞典のメリアム・ウェブスター(Merriam Webster)では「Banting」について、「肥満体策としての食事療法で、炭水化物や甘い味付けの食べ物を避ける」と定義している。
南ローデシア(現在のジンバブエ)出身の科学者ティム・ノークス(Tim Noakes)は、「低糖質・高脂肪ダイエット」と名付け、この食事法を普及させた。ノークスは、「脂肪の摂取を減らし、炭水化物を沢山摂取せよ」と奨める考え方を「Genocide」(「大量虐殺」)と断じている。
サイエンス・ジャーナリスト、ゲアリー・タウブス(Gary Taubes)による著書『Good Calories, Bad Calories』(2007年)では、「A brief history of Banting」(「バンティングについての簡潔な物語」)と題した序章から始まり、バンティングについて論じている。炭水化物の摂取を制限する食事法についての議論の際には、しばしばバンティングの名前が挙がる。なお、バンティングは、この食事法が広まった功績は「(この食事法を教えてくれた)ハーヴィーにある」と主張した。
The Women's Health Initiative
1990年代初期、アメリカ国立衛生研究所(The National Institutes of Health)は、『Women's Health Initiative|The Women's Health Initiative』(『女性の健康構想』)と題した、約10億ドルに及ぶ研究を行った。このとき、「低脂肪の食事で心臓病や癌を本当に予防できるか」という研究も同時に行われた。5万人近くの女性を登録し、そのうち19541人を無作為に選んだ。研究は1993年に開始し、8年間続けられた。研究者たちは、参加した女性たちに対し、果物・野菜・全粒穀物・食物繊維が豊富なもの・脂肪が少ないもの・・・これらを優先的に食べるよう指示した。この食事を続けるにあたり、女性たちは定期的にカウンセリングを受けた。脂肪の摂取量については、摂取カロリーのうちの38%から20%に減らすことを目標とし、参加した女性たちについて、体重の増減、コレステロールの数値、脳卒中、心臓発作、乳癌、直腸癌、その他の心血管疾患を発症するかどうかについても調べた。毎日の食事の摂取カロリーは360kcal分減らし、少ない量を食べ続けた。参加した女性たちは「少なく食べるように」「脂肪が少ないものを食べるように」「運動するように」という指示も与えられ、減食と運動を忠実にこなし続けた。
この生活を8年間続けた結果、女性たちは(実験開始前と比べて)1人あたり平均で約1kg体重が減ったが、その腰回りは膨らんだ。この事実が意味するところは、「彼女らの身体から減ったのは脂肪ではなく、筋肉である」ということである。また、研究者たちは「脂肪分の少ない食事は、心疾患、癌、その他の病気を予防できなかった」とも報告している。脂肪の摂取量が少ない食事には、乳癌、心臓病、脳卒中の発症リスクを下げる効果も、閉経後の女性の結腸直腸癌のリスクを下げる効果も一切無かった。彼女らが受けたカウンセリングおよび食事の意味として、意識的か無意識的かを問わず、「少なく食べるよう心掛けた」ことである。「消費カロリーが摂取カロリーを上回れば体重は減る」のが本当であるのなら、この試験に参加した女性たちが太った理由が説明できなくなる。脂肪は1kgにつき、約7000kcalのエネルギーに相当する。彼女らが、毎日の食事の摂取カロリーを360kcal減らしていたのなら、実験を開始して3週間で約1kgの脂肪が減っていたはずであり、1年続ければ約16㎏の脂肪が減る計算になる。試験開始の時点で、参加した女性たちの半数は肥満体であり、大多数は少なくとも過体重であった。研究者たちは、「低脂肪食は乳癌を患うリスクを下げるだろう」と考え、栄養士たちは「脂肪の摂取量について、目標の数値である20%まで下げれば、低脂肪食の効果が明白になった可能性がある」と述べた。8年間かけて行われたこの研究結果はアメリカ医師会雑誌(『Journal of the American Medical Association』)に掲載された。『女性の健康構想』の研究結果が示しているのは、「癌や心血管疾患を防ぐという目的において、低脂肪食には何の効果も無い」ということである。
ハーヴァード大学の研究者ブルース・ビストリアン(Bruce Bistrian)は、「減食(食べる量を減らす)は、肥満に対する処置にも治療法にもならない。最も目立つ症状を一時的に緩和する方法でしかない。もしも減食が肥満に対する処置にも治療にもならないとするなら、これは『過食は肥満の原因ではない』ことを示す」と述べている。「過食が肥満の原因である」という考えに疑問を投げかけるあらゆる理由の中で最も明確なものは、「肥満は、食べる量を減らしても治せない」という事実である。
『女性の健康構想』の研究結果を受けて、カナダの医師、ジェイスン・ファン(Jason Fung)は「『食べる量を減らして運動量を増やす』は何の役にも立たない」と断言している。
「運動は無益」
カリフォルニア州ローレンス・バークリー国立研究所(Lawrence Berkeley National Laboratory)の統計学者、ポール・ウィリアムス(Paul Williams)と、スタンフォード大学の研究者ピーター・ウッド(Peter Wood)は、普段からよく走る習慣のある13000人を集め、これらのランナーたちの1週間の累計走行距離と、年ごとの体重の変化を比較する研究を行った。ピーター・ウッドは、運動が健康にどのような影響を及ぼすのかについて、1970年代から研究を行っていた人物でもある。この13,000人のランナーについての研究では、最もたくさん走った人ほど最も体重が少ない傾向こそあったが、これらのランナー全員、「年を追うごとに太っていく(身体に脂肪が蓄積していく)」傾向にあった。
1970年代までに、「運動には肥満を解消する効果は無い」という証拠は多数あったが、研究者たちを「運動すれば体重を維持あるいは減少できる」という信念に駆り立てたのは、それが「真実である」と信じたがっていた彼らの願望と、公に「そうではない」と認めることに対する彼らのためらいがあった。研究者たちは、実際の証拠が何を示そうとも、「運動とエネルギー消費が肥満の程度を決めるという考えを後押しする結果だけ」を論議した。一方で、この見解を反証する証拠に対しては、その数がどれほど多かったとしても、無視した。
2007年、ハーヴァード大学医学部長ジェフリー・フライアー(Jeffrey Flier)とその妻テリー・マラトス・フライアー(Terry Maratos-Flier)は、雑誌『Scientific American』に論文を寄稿し、その中で「ヒトの食欲とエネルギーの消費について、この2つは人間が意識的に変えられるような代物ではない」「この2つの要素のバランスの補正と結果が脂肪組織の増減につながるなどという、そんな単純な変数ではない」と述べている。
2007年8月、アメリカ心臓協会(The American Heart Association)とアメリカスポーツ医学会(The American College of Sports Medicine)は、身体活動と健康に関する指針を共同で発表した。この団体の専門家たちは、週に5日、1日に30分程度の精力的な運動が「健康を保ち、促進するために必要である」と述べた。しかし、「肥満になることや痩せたままでいることに対して、運動がどのような影響を与えるのか」という質問になると、彼らは以下のようにしか答えられなかった。
「1日あたりのエネルギー消費の多い人は、それが少ない人に比べて、時間とともに体重が増える可能性が低い、と仮定することは理にかなっている。これまでのところ、この仮説を支持する証拠となるものについては、『説得力がある』とは呼べない」
1960年、疫学者のアルヴァン・ファインシュタイン(Alvan Feinstein)は、医学雑誌『The Journal of Chronic Diseases』に掲載された批評で様々な肥満治療の有効性について分析し、その中で、「エネルギーの消費量を増やすという点において、運動は何の役にも立たない」とし、肥満を治す手段として「運動」を却下した。ファインシュタインは、「体重を減らす目的で十分なカロリーを消費するには、『やり過ぎ』と呼べるぐらいの身体活動が必要になる。 さらに、身体運動は食べ物に対する欲求を惹起し、その後のカロリーの摂取量が、運動中に失われたものを超えてしまう可能性が出てくる」と指摘した。
1973年10月、アメリカ国立衛生研究所は肥満についての会議を主催した。この会議の参加者の1人でスウェーデン人の研究者、パル・ビヨントルプ(Per Björntorp)は、肥満と運動に関する自身の臨床試験の結果について報告した。ビヨントルプは肥満体の被験者7人に対して週3回の運動計画を実施し、半年間続けた。結果は、半年間の運動を経て被験者たちの身体は相変わらず重く、太ったままであった。1977年、アメリカ国立衛生研究所は2度目の肥満会議を主催した。この会議に集まった専門家たちは最終的に以下の結論に達した。
「体重の管理における運動の重要性は信じがたいほどに低い。ヒトは運動量を増やせば、同時に食べる量も増えがちになり、運動による消費エネルギーの増加が食べる量の増加に勝るのかどうか、それを予測するのは不可能である」
コロンビア大学のF・ハビエル・ピソニイェール(F. Xavier Pi-Sunyer)は、1987年に以下のように報告した。「太っている人が運動すると、その日の残りの時間は動かなくなり、運動で消費した分のカロリーが帳消しになる。この現象は、通常の1日の消費カロリーの25%を消費するのに十分な運動をこなした場合であっても同様だ」「運動が代謝率に与える影響はほとんど無い。運動の大きな利点として持て囃されているが、実際には存在しない」
1989年、デンマーク人の研究者が、身体活動が体重減少に及ぼす影響についての研究結果を公表している。普段から座りがちな被験者を、マラソン(26.2マイル)を走れるよう訓練させた。18か月間の訓練を経て、被験者らは実際にマラソンに参加した。この研究に参加した18人の男性の体脂肪は平均で5ポンド(約2.3㎏)減っていたが、女性の被験者9人については、「体組成の変化は一切見られなかった」と書いている。この年、ニューヨークにあるセントルーク・V・ルーズヴェルト病院肥満研究センター長を務めていたピソニイェールは、「運動量を増やせば体重を減らせる」という考えを分析している現存する試験について再調査を行った。彼の結論は以下のとおりであった。「体重と体組成における減少、増加について、変化は一切見られなかった」。
1950年代半ば、ハーヴァード大学の栄養学者ジョン・マイヤー(Jean Mayer)は、ラットを使ったある実験を行った。毎日数時間、強制的に運動をさせられたラットと、運動を強制されなかったラットとで、ラットの食事量と体重の変化について研究した。運動プログラムに沿って運動を行ったラットは、運動をしなかった日にはより多く餌を食べ、運動をしていない時には身体を動かさないようにすることで消費エネルギーを減らした。一方、運動を強制されたラットの体重は、運動を強制されなかったラットと「全く同じまま」であった。そして、実験用のラットがこの運動プログラムから解放されると、かつてなかったほどの量の餌を食べるようになり、運動を強制されなかったラットよりも、歳とともに急速に体重が増えた。また、ハムスターとアレチネズミを使った研究では、運動させると「体重と体脂肪が増加する」結果に終わった。
このように、運動は動物を肥満にさせることはあっても痩せさせることは無かった。
1970年代までの一般のアメリカ人の多くは、避けられるのであれば、空いた時間に汗を流すべきであるとは考えていなかった。1977年、ニューヨーク・タイムズは当時のアメリカについて、「運動熱の高まりの真っ只中にある」と報じた。1960年代のアメリカでは「Exercise is bad for you」(「運動は身体に毒である」)というのが広く行き渡った考え方であったが、それがいつしか、「Strenuous exercise is good for you」(「苦痛を覚えるほどの運動は身体に良いのだ」)と変遷していった。
2019年に発表された研究で、24週間、毎日ウォーキングを続けることで身体に及ぼす影響について調べる実験が行われた。歩数はそれぞれ10000歩、12500歩、15000歩であった。結果は、除脂肪体重は増えたが脂肪も増加し、体重は全く減らなかった。研究者らは、「ウォーキングには、体重の増加・脂肪の増加を防ぐ効果は見られなかった」と結論付けている。
ジョギングを普及させたことで知られるジム・フィックス(Jim Fixx)は、自身がジョギングに励んでいる最中に心臓発作を起こして倒れ、そのまま死亡した。ヴァーモント州の主任検死官、エレノア・マックィレン(Eleanor McQuillen)による検死結果によれば、アテローム性動脈硬化症が原因で、冠状動脈の1つが95%、2つが80%、3つが70%閉塞していた。3本ある動脈はいずれも全て損傷し、閉塞していた。この剖検で、フィックスは「心臓に繋がる2本の動脈に影響を及ぼす重篤な心臓病を患っていた」ことも判明した。彼は著書の中でも、対談番組に出演した際にも、運動することで寿命を大幅に延ばせる、として運動の利点を強調し、褒めそやしていた。東イリノイ大学の教授で運動生理学とマラソン生理学の専門家、ジェイク・エメット(Jake Emmett)はジム・フィックスの死について、「彼の死は、走る行為は冠状動脈性心疾患(Coronary Artery Disease)を防げないだけでなく、突然死を招く可能性が出てくることを世界中に確信させた」と書いた。
ジム・フィックスの息子、ジョン・フィックスによれば、「父は健康維持のため、過去15年間で、週に80マイル(約129㎞)の距離を走っていた」という。
ワシントン・ポスト(The Washington Post)は、ジム・フィックスの死を受けて、「控えめに言っても、義務的に走ったところで、心疾患の猛威から身を守る効果は無いということだ」「6年前、とある医師が、マラソンの権威として『激しい運動をすれば、冠状動脈性心臓病を防げることは疑いようが無い』と高らかに断言したが、フィックスを襲った不運な出来事を受けて、これは何の価値も無いたわごとであることを認識した」と書いた。
ジョギングの最中およびジョギングを終えた直後に冠状動脈性心臓病(Coronary Heart Disease)で死亡する例は決して珍しいものではない。精良な運動能力が運動中の死亡事故から身体を保護することを示す証拠は無い。
走っている最中に死亡した40歳以上の人間の死因の多くは冠状動脈性心臓病である。10年間で22 - 176km、週に平均で53kmの距離を走っていた40 - 53歳(平均年齢46歳)の5人の白人ランナーが走行中に突然死し、その剖検によれば、ランナーとして走るようになる前に心臓病を患っていた者は1人もいなかった。
体育館にてトレッドミルを使って走っていた57歳の男性が、その最中に突然死亡した。彼の死因は「虚血性心疾患」(Ischemic Heart Disease)であった。研究者らは「身体活動を不定期に行う人は、そうでない人に比べて突然死の危険が高い」「極端な身体活動は、たとえ以前にその症状が無かったとしても、心臓に致命的な結果をもたらす可能性がある」と報告している。
ケープタウン大学の教授で運動生理学とスポーツ医学の専門家、ティム・ノークス(Tim Noakes)は、運動中の突然死について、「50歳以上の人は、あらゆる種類の運動を開始する前に、心血管の診断を受ける必要がある。50歳未満の人でも、突然死した人物の家族歴について面談を行い、心血管疾患の症状とその臨床徴候についての診断を受ける必要がある」「肥大型心筋症を患っている場合、運動中に死亡する危険が高くなる」「アスリートたちは運動中の心臓病の発症を予防できるとは限らない」と書いている。
運動していても、炭水化物を食べている限り高血糖は防げず(高血糖を惹き起こす最も一般的な原因は炭水化物の摂取にある)、インスリン感受性は運動を終えた途端に低下する(インスリン抵抗性が高くなる)。インスリン抵抗性は運動では防げない。
「インスリン感受性が低い」ということは、「インスリン抵抗性が高い」(インスリンの効き目が悪い)状態を意味する。
度が過ぎる運動はミトコンドリア(Mitochondria)の機能障害を惹き起こし、耐糖能(Glucose Tolerance, 上昇した血糖値を下げる、血糖値を正常に保つ能力)も低下させてしまう。
ゲアリー・タウブスは、「『体重を減らす目的で、食べる量を減らして運動量を増やす』という考え方は一見筋が通っているように見えるが、実際には間違っているだけでなく、何の役にも立たない」、「We don't get fat because we overeat; we overeat because we're getting fat.」(「ヒトは過食するから太るのではなく、身体が今まさに太りつつあるから過食に走るのである」)と明言している。また、「肥満は、エネルギーバランス、カロリー理論、過食、熱力学、物理法則とは、何の関係も無い」「過食や運動不足は肥満の原因ではなく、あくまで『結果』でしかない」「『肥満』とは『栄養過剰』ではなく、『栄養失調』の一種である」と断じている。また、「もしも座りがちな生活が我々を肥満にさせ、運動がそれを防いでくれるというなら、肥満ではなく『痩せ』が流行するはずである。しかし実際には、運動熱の始まりと同時に肥満の流行が起こった」と指摘している。また、「減量が目標であり、あなたの健康と生活がそれに左右されるとしても、『1年半の間毎日努力を続ければ、脂肪を5ポンド(約2.3㎏)減らせるかもしれない』と言われたら、あなたは26マイル(42km)を走れるようになるための訓練をするだろうか?」と問いかけている。
The Biggest Loser
アメリカ合衆国で2004年から放送されているテレビ番組『The Biggest Loser』がある。これは、太り過ぎの人たちが複数集まり、それぞれの班に分かれ、専属の運動訓練教官による指導のもと、激しい運動をひたすらこなして減量を競い合いながら細身の身体を目指し、最後まで勝ち残った(最も多く体重を減らした)出場者は、賞金として25万ドルを獲得できる。
2009年に放映された『The Biggest Loser』の第8期に出演した出場者たちの体重の増減と、身体の代謝の変化について調べる目的で、6年かけての追跡調査が行われた。アメリカ国立衛生研究所に所属する主任研究員で、栄養と代謝について研究しているケヴィン・D・ホール(Kevin D. Hall)がこの研究を主導した。その研究結果によれば、番組に登場して体重を減らした出場者たちの大半は、その減った分の体重のほとんどが元に戻った。中には番組に出場する前の体重をさらに上回った出場者もいた。ホールによれば、番組に登場した時点で出場者たちはかなりの肥満体であったが、身体の代謝自体は正常であった。しかし、番組の第8期が終了するころには、彼らの代謝は完全に低下しており、痩せたあとの身体を維持するのが困難になっていた。
第8期の優勝者、ダニー・ケイヒル(Danny Cahill)は、番組に登場した時点で体重が430ポンド(約195kg)あった。彼は7か月かけて239ポンド(約108㎏)減量し、体重を191ポンド(約87kg)まで落とした。しかし、減ったはずの彼の体重は元に戻っていき、減量を終えた後の191ポンドから295ポンド(約134㎏)にまで体重が増えた。ニューヨーク・タイムズに所属する記者、ジーナ・コラータ(Gina Kolata)は、「研究者たちをひどく驚かせたのは、以下の事柄であった。出場者たちの身体の代謝は回復せず、悪化の一途を辿っていき、体重はどんどん増えていった。あたかも彼らの身体が、失った分の体重を必死になって取り戻そうとしているかのように」と記述した。番組の出場者の1人、ショーン・アルガイアー(Sean Algaier)は、番組に出場した時点で体重が444ポンド(約201㎏)あり、289ポンド(約131㎏)にまで減らした。しかし、その後の彼の体重は450ポンド(約204kg)にまで増加した。番組に出場する前よりも体重が増えていた。番組の出場者の1人、ルーディー・ポールス(Rudy Pauls)は、番組に出場した時点で体重が442ポンド(約200㎏)あり、234ポンド(約106㎏)まで減量した。しかし、体重はやはり元に戻っていき、2014年の時点で彼の体重は390ポンド(約177㎏)にまでなっていた。その後、彼は重度の肥満を治すための手術を受け、体重は265ポンド(約120㎏)になった。
ジーナ・コラータは、医師のデイヴィッド・ルートヴィッヒ(David Ludwig)の言葉「単にカロリーを制限するだけでは何も解決しない。消えることの無い空腹感と代謝の悪化の組み合わせは、減った体重を元に戻すための処方箋でしかなく、数か月以上に亘って減量後の体重を維持できる人が少ないのは何故かを説明できる」と、医学博士で肥満の研究者、マイケル・ロウゼンバウム(Michael Rosenbaum)の言葉「体重を減らし、その減ったあとの体重を維持するのが困難である理由について、これは生態学の問題であり、意志の力が異常なまでに弱いのかどうかとは何の関係も無い」を引用した。
「運動は何の役にも立たない」
肥満患者を治療する臨床医の多くは、1960年代までは、「運動すれば減量できる」「座りっぱなしの生活を送っていると太る」「食べ過ぎるから太る」といった考え方を「幼稚」として退けていた。ラッセル・ワイルダーは1932年にアメリカ内科学会(The American College of Physicians)にて肥満についての講演を行い、その中で、「肥満患者は、ベッドの上で安静にしていることで、より早く体重を減らせる。一方で、激しい身体活動は減量の速度を低下させる」「運動を続ければ続けるほどより多くの脂肪が消費されるはずであり、減量もそれに比例するはずだ、という患者の理屈は一見正しいように見えるが、体重計が何の進歩も示していないのを見て、患者は落胆する」と述べ、「体重や体脂肪を減らす」という点において、運動は何の役にも立たない趣旨を明言していた。WHOの肥満予防研究本部長、ボイド・スウィンバーン(Boyd Swinburn)は「運動を重視していると、根本的な原因を突き止められず、肥満は防げそうにない」と語った。メイヨー・クリニック(Mayo Clinic)は批評を発表しており、それによれば「多くの研究結果で示されているように、『運動だけでは体重を減らせない』、あるいは『減ったとしてもごくわずか』であることは証明済みである」「運動で体重を減らせる可能性は極めて低い。食事を変更するほうが体重を減らせる」であった。
炭水化物を食べることにより、余分な脂肪が蓄積されると、この脂肪を維持する作用を持つホルモンが分泌され、人体はこの脂肪を保持しようとする。身体から脂肪を減らさないようにする作用の一つに、空腹と倦怠感を惹き起こすホルモンの存在がある。代謝異常を惹き起こす根本的な原因である炭水化物の問題に目を向けないまま、「もっと運動するように」というのは、ますます空腹感を強めるだけである。代謝異常の根本的な原因を解決しないまま運動に励んだところで、身体の代謝は悪化の一途を辿る。カロリー制限で体重を減らしたとしても、その後、減ったはずの体重は元に戻る。カロリーの制限は何の利益ももたらさない。
炭水化物と肥満
ロバート・アトキンス
アメリカ合衆国の医師、ロバート・アトキンス(Robert Atkins)は、1959年にニューヨーク・マンハッタンにあるアッパー・イースト・サイドにて、心臓病および補完代替医療の専門医として開業した。
開業したての頃のアトキンスの仕事はあまりうまくいかず、さらには身体が太り始めたことで、アトキンスは意気消沈していた。ある時、アトキンスは、デラウェア州にある会社、デュポン社(DuPont)に所属していた、アルフレッド・W・ペニントン(Alfred W. Pennington)が研究し、従業員に提供していた食事法を発見した。
1940年代、ペニントンは、過体重か太り過ぎの従業員20人に、「ほぼ肉だけで構成された食事」を処方していた。彼らの1日の摂取カロリーは平均3000kcalであった。この食事を続けた結果、彼らは平均で週に2ポンド(約1㎏)の減量を見せた。この食事を処方された過体重の従業員には、「一食あたりの炭水化物の摂取量は20g以内」と定められ、これを超える量の炭水化物の摂取は許されなかった。デュポン社の産業医療部長、ジョージ・ゲアマン(George Gehrman)は、「食べる量を減らし、カロリーを計算し、もっと運動するようにと言ったが、全くうまくいかなかった」と述べた。ゲアマンは、自身の同僚であるペニントンに助けを求め、ペニントンはこの食事を処方したのであった。アトキンスは、ペニントンが実践していたこの食事法からヒントを得て、患者を診療する際に「炭水化物が多いものを避けるか、その摂取量を可能な限り抑えたうえで、肉、魚、卵、食物繊維が豊富な緑色野菜を積極的に食べる」食事法を奨め、それと並行する形で本を書き始めた。1972年、『Dr. Atkins' Diet Revolution』(邦題:『アトキンス博士のローカーボ(低炭水化物)ダイエット』)を出版し、その数年後に補完代替医療センターを開設した。
2002年、アトキンスは心臓発作を起こして倒れた。これについて、「高脂肪の食事が潜在的にどれほど危険であるかが証明された」という批判を数多く浴びた。しかし、複数のインタビューで、アトキンスは「私が心停止になったのは、以前から慢性的な感染症を患っていたからであって、脂肪の摂取量の増加とは何の関係も無い」と強く反論した。なお、「食事に含まれる脂肪分の摂取と、肥満や各種心疾患とは何の関係も無い」というのは、炭水化物を制限する食事法を奨める人物に共通の見識である。
2003年4月、ニューヨークに大雪が降り、地面は凍結した。4月8日、アトキンスは通勤のため、凍った路上を歩いている途中、足を滑らせて転倒して頭部を強打し(これが直接の致命傷となった)、意識不明の重体となり、集中治療室で手術を受けるも、意識が戻らないまま死亡している。
アトキンス以前の食事療法
フランスの法律家で美食家のジャン・アンテルム・ブリア=サヴァラン(Jean Anthelme Brillat-Savarin)は、1825年出版の著書『Physiologie du goût』(『味覚の生理学』)にて、 「思ったとおり、肉食動物は決して太ることはない(オオカミ、ジャッカル、猛禽類、カラス)。草食動物においては、動けなくなる年齢になるまで脂肪が増えることは無い。だが、ジャガイモ、穀物、小麦粉を食べ始めた途端、瞬く間に肥え太っていく。・・・肥満の主要な原因の2つ目は、ヒトが日々の主要な食べ物として消費している小麦粉やデンプン質が豊富なものだ。前述のとおり、デンプン質が豊富なものを常食している動物は、いずれも例外なく、強制的に脂肪が蓄積していく。ヒトもまた、この普遍的な法則から逃れられはしない」、「ヒトにおいても、動物においても、脂肪の蓄積はデンプン質と穀物によってのみ起こる、ということは証明済みである」、「デンプン質・小麦粉由来のすべての物を厳しく節制すれば、肥満を防げるだろう」と述べ、「身体に脂肪が蓄積するのはデンプンや砂糖を食べるからだ」と断言している。ブリア=サヴァランは、タンパク質が豊富なものを食べるよう勧めており、デンプン、穀物、小麦粉、砂糖を避けるよう力説している。
1856年、クロード・ベルナールは、パリで糖尿病についての講演を行っていた。当時、ウィリアム・ハーヴィーは、ベルナールによる講演を聴いていた。ベルナールは肝臓の機能について、肝臓がブドウ糖を産生して分泌することや、糖尿病患者の血中ではブドウ糖の濃度が異常に上昇している趣旨を説明した。また、ベルナールは「ブリア=サヴァランの著書を読み、肥満の治療法を発見した」と述べた。
ベルナールの講演を聴いたハーヴィーは、糖やデンプンを含まない動物性食品による食事を取ると、糖尿病患者の尿中への糖の排泄が抑制される事実に考えを巡らせ、これが体重を減らす食事法としても機能するかもしれない、と考えた。ハーヴィーは、「糖やデンプンを含む食べ物は動物を太らせるために使われる。糖尿病になると身体から脂肪が急速に減っていくことが分かる。肥満の進行の仕方はさまざまであれ、その原因は糖尿病に行き着く点に思い当たった。もしも動物性食品が糖尿病に対して有効であるなら、動物性食品および糖やデンプンを含まない植物性食品との組み合わせが、過剰な量の脂肪の生成を抑制するのに役立つ可能性がある」と記述した。その後、ウィリアム・バンティングはハーヴィーから炭水化物を制限する食事法を教わり、体重が減り、身体の不調も回復した。
1844年、フランスの退役軍医、ジャン=フランソワ・ダンセル(Jean-François Dançel)は、フランス科学協会にて、肥満の治療法を発表した。ダンセルによる肥満治療の理論は1864年に英語に翻訳され、その題名は『Obesity, or Excessive Corpulence: The Various Causes and the Rational Means of Cure』(『肥満、あるいは過剰な脂肪蓄積:さまざまな原因と妥当な治療法』)であった。ダンセルは肥満の治療手段について、以下のように書いた。「化学者たちは、バターを食べると身体に脂肪が増えるのかどうかを知るため、実験の数日間、バターのみを鳩に食べさせ、それ以外の食べ物は食べさせなかった。鳩はバターを貪るように食べ続け、実験が終わると、言うまでもないが、鳩は痩せ細った状態で死んでしまった。実験の担当者たちは、『バターは身体を太らせることは無い』と結論付けたのだ。肉食動物にバターだけを食べさせることで検証しようというのだから、なんという突飛な構想であろうか。この実験は私の書いた論文の主題でもあり、1844年の科学協会の議事録にも収録されている」「脂肪ができる原因に関する問題に光を当てることになるかもしれぬ、確定事項を提示しておく。私はこの数年間、肥満は快適な生活を妨害し、どうすれば脂肪を減らせるかについて、多くの考察を重ねてきた」「私は、『肉だけを食べ、それ以外の食べ物の摂取はごく少量のみに抑えれば、ただ一人の例外も無く肥満を治癒できる』という事実を確固たるものとしたのだ。どんな薬を服用しようとも、卓に並んでいるものを見境無く食べている限り、肥満は防げない」「私は数千もの症例を記録に残している。私の教えに従った数多くの患者たちは、体重を減らせたのだ」「カバは、その身体に膨大な量の脂肪を蓄えているせいで見苦しい格好に見える。彼らの食事は米、雑穀、サトウキビ…これらの植物に完全に依存している」
1886年にベルリンで開催された内科学会にて、食事療法についての討論会が行われた際、肥満患者を確実に減らせる食事療法が3つ紹介され、ウィリアム・バンティングが実践していた方法がそのうちの1つとして紹介された。残りの2つはいずれもドイツ人の医師が開発した方法であるが、いずれにも共通するのは
- 「肉は無制限に食べて構わない」
- 「デンプン質・糖質は完全に禁止」
というものであった。1957年、精神医学者で小児肥満の研究者でもあったヒルデ・ブルッフ(Hilde Bruch)はこれを紹介したうえで、「食事管理による肥満の抑制における大きな進歩と呼べるのは、身体の中で脂肪を生成するのは肉ではなく、パンや甘く味付けされた食べ物のような、『無害』と思われていたものこそが肥満をもたらす、と認識された点にある」と述べた。1973年には、肥満について「脂肪組織において調節障害が惹き起こされている」と書いた。1934年にアメリカ合衆国に移住したブルッフは、当時のニューヨークが「肥満体の子供で溢れかえっていた」と記録しており、太っている子供たちはどれだけ食べる量を減らしたところで痩せることは無く、身体は太ったままであった。体重を減らす目的で「食べる量を減らす」を実行したところで、いずれも全て例外なく失敗に終わる。
ブレイク・F・ドナルドソンによる肥満治療
ニューヨークで心臓病専門医をやっていたブレイク・F・ドナルドソン(Blake F. Donaldson)は、「肥満体の心臓病患者」に対し、1919年ごろから「ほぼ肉だけで構成された食事」を処方した。1日3回の食事で、1日の摂取カロリーは少なくとも3,000 kcalはあった。ドナルドソンもまた、「食べる量を減らして運動量を増やす」を行っても体重は全く減らないことに気付いていた。脂肪の総摂取量は1日の摂取カロリーのうちの75 - 80%であり、2ポンド (907 g)の脂肪が付いた牛肉を食べるよう患者に指導した。脂肪の摂取量がこれより少なかったり、食事を抜いたりすると、患者の体重減少速度は低下したという。ドナルドソンによれば、40年後に引退するまでに、17,000人の肥満患者にこの食事を処方したという。ドナルドソンは自然史博物館を訪れ、そこに常駐していた人類学者に「先史時代の我々の祖先たちはどんなものを食べていたのか?」と尋ねたところ、人類学者は「我々の祖先は脂肪が非常に多い肉を食べていた」と答えたという。ドナルドソンは、「いかなる減量食であれ、脂肪がとても多い肉こそが不可欠である」と判断し、この食事を肥満患者に処方していた。ドナルドソンの患者たちは、空腹感に悩まされることなく週に2 - 3ポンドずつ体重を減らせたという。体重を減らせなかったのは「パン中毒の患者」であったという。ドナルドソンは1961年に出版した著書『Strong Medicine』(『効き目の強い薬』)にて、「医者が糖尿病についてどれだけ知っているか、というのはどうでもいい話だ。体重を減らし、その減った体重を維持するにはどうすればいいかを知らないのであれば、その人物は医者失格である。身体が太りやすく、体重増加を抑制する方法について自ら学んだ医師であれば、問題の深刻さをより理解しているようだ」と述べている。ドナルドソンは、北極で暮らすエスキモーたちと一緒に暮らした経験のある探検家、ヴィルヒャムル・ステファンソン (Vilhjálmur Stefánsson)の友人であり、ステファンソンによる食事も参考にした。
完全肉食生活
ヴィルヒャムル・ステファンソンは、食事療法、とりわけ、炭水化物が少ない食事療法に大いに関心を抱いていた。ステファンソンはイヌイットたちの食事について、「全体の90%が肉と魚で構成されている」と記録している。彼らの食事は「Zero Carb」「No Carb」(「炭水化物をほとんど含まない食事」)と見なされるかもしれない(彼らが食べていた魚にはわずかな量のグリコーゲン(Glycogen)が含まれてはいたが、炭水化物の摂取量は全体的にごく僅かであった)。ステファンソンの仲間の探検家たちも、この食事法で完全に健康体であった。イヌイット(ステファンソンの時代には「エスキモー」と呼ばれていた)たちとの暮らしから数年後、ステファンソンは、アメリカ自然史博物館からの要請で、同僚のカーステン・アンダーソン(Karsten Anderson)とともに再び北極を訪れた。2人のもとには「文明化された」食料が1年分補給される予定であったが、2人はこれをやんわりと断った。当初の計画は1年間であったものが、最終的には4年間に延長された。北極圏にいた2人がその4年間で食べていたものは、捕えて殺して得られた動物の肉と魚だけであった。4年に亘る肉食生活を送る過程で、2人の身体には異常も悪影響も見られなかった。ウィリアム・バンティングと同じく、炭水化物のみを制限し、身体が本当に必要としている食べ物を食べ続けた場合、身体は完全に機能し、壮健さと細身を維持できることが明らかとなった。「カロリー」については一切無視された。
肉だけを食べる食事法が続行可能かどうかについての見解をステファンソンが報告した際には多くの懐疑論が出たが、のちに行われた研究と分析で、それは可能であることが裏付けられた。複数の研究結果により、エスキモーたちの食事法は「ケトン食療法」であることが示された。彼らは主に魚や肉を煮込んで食べており、時には魚を生で食べることもあった。
1928年、ステファンソンとアンダーソンの2人はニューヨークにあるベルヴュー病院(Bellevue Hospital)に入院し、完全肉食生活が体に及ぼす影響についての実験台となった。実験の期間は1年間であり、コーネル大学のウジェーヌ・フロイド・デュボア(Eugene Floyd DuBois)が実験を指揮した。ステファンソンとアンダーソンの2人は、注意深く観察された実験室という設定で、最初の数週間、肉だけを食べ続けても問題無いことを証明する研究の着手に同意し、「食事における決まり事」を確かなものにするために観察者が付いた。スコット・カトリップ(Scott Cutlip)による著書『The Unseen Power: Public Relations』によれば、ペンドルトン・ダッドリー(Pendleton Dudley)がアメリカ食肉協会(American Meat Institute)に対して、この研究に資金を提供してもらえないか、と説得したという。この間にアンダーソンには糖尿病の症状が発現した。糖尿病における病理とは異なり、この研究の過程でアンダーソンの身体に見られた糖尿病の病状の期間は4日間であった。耐性を調べるためにブドウ糖100gを投与させたことと、肺炎の発症はいずれも同時期であった。この時のアンダーソンは、水分と炭水化物が多い食事を取っており、これを排除すると、糖尿病の症状は消滅した。ステファンソンは、研究者から「脂肪が少ない赤身肉だけを食べる」よう依頼された。ステファンソンには脂肪がほとんど無い肉を食べ続けると2-3週間後に健康を損なった経験があり、「脂肪がほとんど無い肉」は「消化不良」を惹き起こす可能性がある、と指摘した。この肉を食べ続けて3日目、ステファンソンは吐き気と下痢に見舞われ、そのあとに便秘が10日間続いた。早い段階で体調不良に陥ったのは、自身が以前に食べていたカリブー(トナカイ)の肉と比べて脂肪が少ない肉を食べ続けたのが原因である、とステファンソンは考えた。脂肪が多い肉を食べるようにすると、2日以内に身体は完全に回復した。最初の2日間、ステファンソンが取っていた食事は、脂肪の摂取量が三分の一に減っていた点を除けば、エスキモーが取っていた食事に近いものであった。タンパク質の摂取カロリーは全体の45%を占めており、3日目には腸に異常が見え始めた。次の2日間でステファンソンはタンパク質の摂取量を減らし、脂肪の摂取量を増やした。摂取カロリーの約20%をタンパク質で、残りの80%を脂肪で占めるようにした。この2日間での高脂肪食でステファンソンの腸の状態は投薬無しで正常に戻った。その後、ステファンソンはタンパク質の1日の摂取カロリーが25%を超えないようにした。2人の身体は健康を保ち、腸も正常なままであった。彼らの便は小さく、匂いも無かった。ステファンソンには歯肉炎があり、歯石の沈着が増加するも、実験が終わるまでには消えていた。実験中のステファンソンの摂取カロリーは2000~3100kcalで、そのうちの20%はタンパク質であり、残りの80%は動物性脂肪から得ていた。栄養素の1日の摂取量については、タンパク質は100-140g、脂肪は200-300gで、炭水化物については7-12gであった。1929年に発表された論文では、この時の臨床研究について詳述されている。ステファンソンによれば、エスキモーたちは赤身肉(タンパク質)の摂取を制限し、余分な赤身肉は犬に与えて食べさせ、脂肪を確保して食べたという。
1946年、ステファンソンは、エスキモーたちとの食生活について綴った著書『Not by Bread Alone』(『パンのみにあらず』)を出版し、1956年にはこの本の拡張版とも言える内容の著書『The Fat of the Land』(『大地の脂肪』)を出版した。
アルフレッド・W・ペニントンによる肥満治療
前述したデュポン社のアルフレッド・W・ペニントンはドナルドソンの講演を聴き、この食事法を自分で試してから、デュポン社の肥満体の従業員に処方し始めた。ペニントンは、「肥満とは、脂肪からエネルギーを生成する能力が損なわれている状態であり、肥満患者は絶えず空腹に襲われる」「肥満になったあとに食欲が増進するのであってその結果ではない」(「沢山食べるから肥満になる」わけではない)と報告している。ペニントンは「炭水化物のみを制限し、タンパク質と脂肪で構成され、カロリーを一切制限しない食事は、肥満を治療できるように思われる」「ケトン体の生成 (Ketogenesis)は、体が脂肪を利用する機会を増やすための重要な要素のように思われる」「この食事法は、カロリーを制限した食事を摂っていると遭遇するであろう代謝の低下を回避できるように思われる」「脂肪の摂取量を制限する必要は一切無い」「肥満を治療する食事を用意する際にはタンパク質に重点が置かれることが多いが、重要なエネルギー源として脂肪に重点を置く必要があるようだ」と報告している。
1950年6月、雑誌『ホリデイ』(Holiday)は、ペニントンが発表した食事法について、「Believe it or not diet development」(「信じがたいような食事法の開発」)、「An eat-all-you-want reducing diet」(「食べたいだけ食べて体重を減らす食事法」)と呼んだ。1952年、ハーヴァード大学栄養学部が主催した肥満についての討論会にペニントンは出席し、その食事法について発表した。討論会の議長を務めたマーク・ヘグステッド(Mark Hegsted)は、「この場にいる人々の多くは、ペニントン博士が発表した食事法が、肥満を治療するにあたり、間違いなく正しいやり方である、と感じている」と述べ、そのうえで「この食事法が高確率で好結果をもたらす点は印象的である。より大規模で、より公平な比較試験が必要だ」「カロリーを制限すること以外の肥満の治療手段については、考え付くあらゆる方法による研究が必要だ」と結論付けた。イギリスの内分泌学者、レイモンド・グリーン(Raymond Greene)は、「炭水化物を排除する代わりにタンパク質と脂肪をたっぷり摂取するペニントンの食事法は素晴らしい効果を発揮し、炭水化物・タンパク質・脂肪全体の摂取量を減らす食事よりも食べる量を増やせる・・・食事内容は単調である必要は無くなり、患者の多くはこの食事法を気に入ることになる」と述べた。1953年7月、ペニントンは論文『Treatment of OBESITY with Calorically UNRESTRICTED DIETS』(『カロリー無制限の食事による肥満治療』)を発表し、「炭水化物のみを制限し、タンパク質と脂肪で構成され、カロリーを制限しない食事で肥満の治療が可能になる」「この食事法による肥満治療は、カロリー制限食で遭遇する代謝の低下を回避できる」と書いている。この論文は、『アメリカ臨床栄養学会誌』(The American Journal of Clinical Nutrition)に掲載された。
カンザス州の医師、ジョージ・L・トープ(George L. Thorpe)は、1957年に開催されたアメリカ医師会の年次総会に出席し、「準飢餓状態を要求する食事(semi-starvation diets)では脂肪が減少するどころか、身体全体で消耗と衰弱が起こり、慢性的な栄養失調が続き、必然的に失敗に終わるであろう」と非難した。ペニントンによる食事法を試したトープは、自分の患者たちにこれを処方し始めた。トープによれば、「少量の野菜を含んでいても、月に6-8ポンドの体重減少が見られた」という。トープは「複数の情報源による証拠に基づき、減量を成功させるにあたって高タンパク・高脂肪・低糖質の食事を採用するのは十分な理由となる」と結論付けた。1957年にトープが発表した論文では、肥満患者の治療法について「準備が極めて簡単で、大抵は容易に達成可能な高タンパク・高脂肪・低糖質な食事法である。空腹感・脱力感・倦怠感・便秘を伴うことなく、他の何よりも迅速に体重を減らせる食事であり、それは肉、脂肪、水で構成される。『どれぐらいの量を食べたか』については記録する必要は無い。『脂肪:1』に対して、『赤身:3』の比率を維持し、患者は約170gの赤身肉と57gの脂肪を1日に3回摂取する。ブラックコーヒー、茶、水は無制限に飲んで構わない。塩分の摂取量は減らさない。患者が味気無さを訴えた場合は、食事に変化を持たせる意味で、特定の果物と野菜を付け足す。肥満患者は蔑ろに扱われてはならない」と書いている。
前述のレイモンド・グリーンは、1951年に出版した『The Practice of Endocrinology』(『内分泌学の実践』)にて、以下のように記述している。
- 避けるべきもの
- パン、および小麦粉で作ったものすべて
- シリアル(朝食用と牛乳プリンを含む)
- ジャガイモと白い根菜類
- 砂糖を多く含むもの
- すべての甘いお菓子
- 以下の食べ物は食べたいだけ食べてよい
- 肉・魚・鳥
- すべての緑色野菜
- 卵(乾燥したもの、生のもの)
- チーズ
- バナナとブドウを除いた、無糖の、あるいはサッカリンで甘くした果物
1958年の時点で痩身目的の食事法が数多く流行していたが、それらの多くは科学的根拠が無いものであった。クイーン・エリザベス大学の栄養学教授、ジョン・ユドキン(John Yudkin)は、「炭水化物を制限すれば体重の制御が可能である」ことを、多くの肥満患者に教示した。1958年、ユドキンは炭水化物を制限する食事法について記述した著書『This Slimming Business』を出版した。1962年には紙表紙本として出版され、1974年には第4版が重刷された。本書はアメリカ合衆国では『Lose Weight, Feel Great』という題名で出版され、オランダ語とハンガリー語にも翻訳された。1961年には『The Slimmer's Cook Book』、1964年には『The Complete Slimmer』を出版した。
リチャード・マッカーネス(Richard Mackarness)は、1958年に出版した著書『Eat Fat and Grow Slim』(『脂肪を食べて細身になろう』)にて、「体重が増える原因は炭水化物の摂取にある」と明言し、「肉、魚、脂肪は食べたいだけ食べてよい」とし、穀物と砂糖を避けるよう主張した。マッカーネスは、ウィリアム・バンティングによる『市民に宛てた、肥満についての書簡』に触発されてこの著書を執筆した。
ヘルマン・ターラー(Herman Taller)は、1961年に出版した著書『Calories Don't Count』(『カロリーは気にするな』)にて「カロリーが同じであれば、どの栄養素も体内で同じ作用を示す、などということはありえない」「炭水化物が少なく脂肪が多い食事は体重を減らす」「炭水化物は身体に問題を惹き起こす」「炭水化物の摂取に敏感な人の体内ではインスリンが分泌され、脂肪が生成される」と述べ、肥満を防ぐために炭水化物を避けるよう主張している。ターラーがこの本を執筆する契機となったのは、アルフレッド・W・ペニントンがデュポン社の従業員に処方した食事法を知ったことにある。
オーストリアの医師、ヴォルフガング・ルッツ(Wolfgang Lutz, 1913-2010)は、1967年に『Leben ohne Brot』(『パンの無い暮らし』)を出版し、「炭水化物の摂取を減らすことこそが、脂肪を燃焼させる唯一の方法である」「この食事法により、肥満、糖尿病、心臓病、癌を予防できる」「狩猟採集生活者として暮らしてきた人類は動物の肉を長きに亘って食べてきた」「食べ物に含まれる脂肪は、ほとんどの慢性疾患とは何の関係も無い」と断言している(ルッツは炭水化物の1日の摂取上限を「72gまで」と定めた)。ルッツによれば、40年間で10000人を超える患者を診察し、クローン病、潰瘍性大腸炎、胃疾患、痛風、メタボリック症候群、癲癇、多発性硬化症・・・この食事法を処方することでこれらの慢性疾患を治療したという。ルッツが診察してきた肥満患者で、炭水化物を制限するも体重が減らない患者がいたが、ルッツによれば「太っていた期間が長ければ長いほど肥満であり続ける可能性が高い」「炭水化物は肥満の原因ではないと言っているのではない。これは単純に、取り返しのつかないところまで来てしまっているのだ」という。
イングランドの医師、ジョン・ブリッファ(John Briffa)は、「穀物の栄養価は極めて低く、『食料』ではなく『飼料』と表現すべきだ」と断じている。
フィクションにおける炭水化物制限食
レフ・トルストイ(Лев Толстой)による小説『アンナ・カレーニナ』にて、アンナの愛人であるアレクスィ・ヴロンスキー伯爵が「身体に脂肪が蓄積するのを防ぐため、牛肉のステーキを食べ、小麦粉およびデンプン質でできた食べ物と甘く味付けされた料理を避けた」との記述がある。トルストイが1875年ごろにこの食事法を淡々と記述していた点について、エモリー学術大学(Emory College of Arts and Sciences)の学部長、ロビン・フォーマン(Robin Forman)は、「ヴロンスキーはアトキンス・ダイエットに似た食事法を実践していた」「19世紀後半のロシアにおいて、炭水化物を避ける食事法がよく知られていたことを示唆している」と書いた。
炭水化物を制限することによる利点
炭水化物は、脂肪やタンパク質に比べてインスリンの分泌にはるかに大きな影響を及ぼす。インスリンは食事における満腹感を減少させ、摂食行動にも影響を及ぼす。炭水化物の摂取を減らすと、インスリン抵抗性は緩和される。炭水化物を制限する食事は、インスリンの濃度が高い患者に有益である証拠が示された。
炭水化物が少なく、脂肪が多い食事は、空腹感と満腹感に大いに影響を与える。炭水化物が多く、脂肪が少ない食事(カロリー制限食)と比較すると、高脂肪食は体脂肪を減少させ、身体のエネルギー消費量の増加を促進する。
炭水化物を制限する食事は、体重を減らすという目的においても、低脂肪食よりも優れている証拠を示している。
また、炭水化物を制限する食事は、低脂肪食よりも大幅に体重を減らし、心血管疾患の危険因子も減少させる。
炭水化物の少ない食事は、血糖値とその制御の大幅な改善につながり、薬物の服用回数を減らせるだけでなく、服用の必要も無くなる可能性があり、この食事法は2型糖尿病の改善と回復にも効果的である証拠が示された。
ケトン食を含めて、炭水化物を制限する食事法は安全であり、長期に亘って健康を維持し、さまざまな病理学的状態を防止または逆転させる力がある。ケトン食を止めると(炭水化物の摂取を増やし、脂肪の摂取を減らすと)、片頭痛や癲癇発作が再発する。
ケトン食療法は癌の治療や予防に有効である可能性を示している。癌細胞はケトン体をエネルギー源にはできないため、ケトン食療法を「癌の治療手段として採用すべきだ」と考える研究者もいる。
「炭水化物は肥満およびそれに伴う疾患の主要な推進力であり、精製された炭水化物や糖分の過剰摂取を減らすべきである」と結論付け、炭水化物を「Carbotoxicity」(「炭水化物には毒性がある」)という造語で表現する研究者もいる。
炭水化物中毒
イェール大学の生化学者、ロバート・ケンプ(Robert Kemp)は、肥満患者に炭水化物が少ない食事を処方し、肥満を治療した趣旨を述べた。1963年、ケンプは医学雑誌『Practitioner』にて論文を発表し、『Carbohydrate Addiction』(「炭水化物中毒、炭水化物依存症」)という用語を提唱した。
炭水化物制限食の歴史
食事比較
1956年、アラン・ケクウィック(Alan Kekwick)とガストン・パワン (Gaston Pawan)の2人は、ロンドンにあるミドルセックス病院(the Middlesex Hospital)にて、太り過ぎの患者を以下の3つの食事グループにそれぞれ割り当て、身体がどのような変化を示すのかを確かめる実験を行った。
- 摂取カロリーの90%を炭水化物から摂る
- 摂取カロリーの90%をタンパク質から摂る
- 摂取カロリーの90%を脂肪から摂る
1日の摂取カロリーは、3つとも「1,000kcal」に揃えた。それぞれの食事に割り当てられた被験者の体重は以下のように変動した。
- の食事を摂ったグループ・・・体重が1日に0.24ポンド(約0.1kg)増加した
- の食事を摂ったグループ・・・体重が1日に0.6ポンド(約0.28kg)減少した
- の食事を摂ったグループ・・・体重が1日に0.9ポンド(約0.41kg)減少した
炭水化物が少なく、脂肪の摂取量が多い食事を摂ったグループが最も大きく体重を減らす結果となった。さらに、1日の摂取カロリーを「2,600kcal」に調節した低糖質・高脂肪食を摂らせたところ、体重は大幅に減少した。
A TO Z 減量研究
2003年2月から2005年10月にかけて、『The A TO Z Weight Loss Study』(『A TO Z 減量研究』)と題した研究が行われた。被験者は肥満体の女性であり、彼女らを以下の4つの食事法に無作為に割り当て、炭水化物が少なく、脂肪が多い食事が、心臓病、糖尿病に関係する危険因子に与える影響について調べたもので、体重、血圧、コレステロール値の変化についても比較した。
- The Atkins Diet(アトキンス・ダイエット)・・・炭水化物の1日の摂取量を20g以内、その後は50g以内に抑える。摂取カロリー、タンパク質、脂肪の摂取量は一切制限せず、食べたいだけ食べる。
- LEARN Diet ・・・ いわゆるカロリー制限食。全摂取エネルギーのうちの55 - 60%を炭水化物から摂り、脂肪の摂取割合は30%以下にし、飽和脂肪酸の摂取割合は10%以下とする。定期的に運動をこなす。
- Ornish Diet ・・・ 脂肪の摂取割合を10%以下とする。瞑想と運動を行う。
- Zone Diet ・・・ 摂取カロリーのうちの40%を炭水化物から、30%をタンパク質から、30%を脂肪から摂取する。
1. のアトキンス・ダイエットに割り当てられた被験者たちは、肉や魚を食べたいだけ食べ、それに付随する動物性脂肪を沢山食べるよう指導され、摂取カロリーと脂肪の摂取を減らす食事法に割り当てられた被験者と比較された。その後、アトキンス・ダイエットに割り当てられた被験者たちの身体には、以下の現象が起こった。
- 体重が大幅に減少した
- 中性脂肪が大幅に減少した
- 血圧が低下した
- HDLコレステロールが増加した
- LDLコレステロールがわずかに増加した
- 総コレステロール値はほとんど変化なし
- 心臓発作を起こす危険性は大幅に低下した
これら4つの食事法のうち、最も大きく体重を減らし、血圧や中性脂肪も低下させたのはアトキンス・ダイエットであった。
この研究を主導したスタンフォード大学のクリストファー・D・ガードナー(Christopher D. Gardner)は、肉や脂肪を豊富に含む食事は危険かもしれない、と考えていたが、この研究結果を受けて、「A bitter pill to swallow」(「受け入れがたい現実」)と述べた。
なお、ガードナーは菜食主義者であり、自分の家族全員にもこの食事を摂らせている。
過食実験と体格の変化
2013年、イングランド人のサム・フェルサム(Sam Feltham)は、1日に5000kcalを超えるエネルギーを摂取する過食実験を自らの身体で実施した。彼は、「カロリーはカロリーである」(『A calorie is a calorie』)「自分が消費する以上の量のエネルギーを摂取するからヒトは太るのだ」とする理論に対して疑念を抱いていた。
最初の21日間で栄養素の構成比を「脂肪53%(461.42g)、タンパク質37%(333.2g)、炭水化物10%(85.2g)」(「低糖質・高脂肪な食事」)に設定し、1日に「5794kcal」のエネルギーを摂取する生活を21日間続けた。21日後、フェルサムの体重は1.3kg増加したが、腰回りは3cm縮んだ。フェルサムの身体からは脂肪が減り、除脂肪体重が増加し、身体は引き締まった。この高脂肪食で、フェルサムは余剰分のカロリーが56645kcalにも及んだが、全く太りはしなかった。
次に、フェルサムは摂取エネルギーの構成比を「炭水化物64%(892.7g)、タンパク質22%(188.65g)、脂肪14%(140.8g)」(「高糖質・低脂肪な食事」)に変え、1日の摂取エネルギーを「5793kcal」に調節し、再び21日間過ごした。21日後、フェルサムの体重は7.1kg増加し、腰回りは9.25cm膨らみ、顎の脂肪も膨らんでいた。なお、この「炭水化物の摂取を増やし、脂肪の摂取を減らす食事」は、アメリカ糖尿病協会(The American Diabetes Association)やアメリカ心臓協会(The American Heart Association)が推奨している「栄養バランスのとれた食事」であり、栄養学の「権威」が推奨する食事とほとんど変わらない。炭水化物が多く、脂肪が少ない食事で体重が大幅に増加したことについて、カナダの腎臓内科医ジェイスン・ファン(Jason Fung)は「カロリー以外の別の要素が働いている」「カロリーよりも遥かに複雑な現象が起こっていることは明白だ」と記述している。この過食実験について、栄養生化学と生理学の研究者、ビル・ラガコス(Bill Lagakos)は「素晴らしい」「カロリーとは単なる道具でしかない」と述べている。
もう1つの実験として、フェルサムは「ヴィーガン食」(Vegan Diet, 完全菜食)による過食実験も実施した。ヴィーガン食は基本的に「高糖質・低タンパク・低脂肪」な食事である。1日の摂取エネルギーを「5794kcal」に調節したヴィーガン食で再び21日間過ごした。21日後、フェルサムの体重は4.7kg増加し、腰回りは7.75cm膨らみ、顎の脂肪も膨らみ、体脂肪率は12.9%から15.5%に上昇した。
フェルサムはこれらの過食実験を通して、
- 「(脂肪が豊富で炭水化物が少ない食事を摂り続けても太らなかったことについて)簡単に言うなら、『食べ物に含まれる脂肪分には、ヒトを太らせる作用は無い』ということである」
- 「炭水化物の摂取を増やし、脂肪の摂取を減らしたところで、あなたが食べた炭水化物は体内で脂肪に変わる」
- 「精製された炭水化物を食べ続けていれば、身体に生化学的な損傷が発生し、インスリン抵抗性を初めとする疾患を惹き起こすだろう」
- 「体重を管理する方法について、『食べる量を減らして運動量を増やせ』としばしば言われるが、これは誰の何の役にも立たない、愚鈍で疎慢な『助言』である」
- 「精製された炭水化物のような『偽物の食べ物』ではなく、肉や卵のような『本物の食べ物』を食べよう」
- 「脂肪が豊富な肉・魚・卵・ナッツ類、緑色野菜は食べたいだけ食べて構わない」
- 「炭水化物を食べ続けている限り、あなたの身体から脂肪は減らない」
- 「肥満や病気が蔓延しているのは、人々が『食べ過ぎるから』ではなく、『偽物の食べ物を食べるから』だ」
- 「医療関係者に言いたいのは、患者に対して『偽物の食べ物』を減らし、『本物の食べ物』を食べるよう促すことだ」
- 「各国の政府は、食事に関する政策を改め、『偽物の食べ物』を排除し、砂糖会社への補助金を停止すべきである」
と述べている。
炭水化物と脂肪、それぞれの摂取と影響
5大陸、18か国に住む135,335人を対象に行われた大規模な疫学コホート研究の結果が『The Lancet』にて発表された(2017年)。これは炭水化物の摂取量および脂肪の摂取量と、心血管疾患に罹るリスクおよびその死亡率との関係についての調査であった。これによると、炭水化物の摂取を増やせば増やすほど死亡率は上昇し、脂肪の摂取を増やせば増やすほど死亡率は低下するという結果が示された。とくに、飽和脂肪酸の摂取量が多ければ多いほど、脳卒中に罹るリスクは低下した。また、飽和脂肪酸・不飽和脂肪酸を問わず、脂肪の摂取は死亡率を低下させ、心筋梗塞および心血管疾患の発症とは何の関係も無かった。
飽和脂肪酸の摂取は、冠状動脈性心臓病、脳卒中、心血管疾患の発症とは何の関係も無く、飽和脂肪酸がこれらの病気と明確に関係していることを示す証拠は無い。
また、多価不飽和脂肪酸の摂取量を増やし、飽和脂肪酸の摂取量を減らしても、心血管疾患の発症リスクは減らせない。
1960年代以降、「動物性脂肪を豊富に含む動物性食品は、健康に悪影響を及ぼす可能性がある」と言われるようになると、栄養学者たちは「動物の肉には、生命維持に欠かせない全ての必須アミノ酸、全ての必須脂肪酸、13種類ある必須ビタミンのうちの12種類がたくさん含まれている」という栄養学上の事実の指摘を控えるようになった。ビタミンDとビタミンB12の両方を含む食べ物は「動物性食品だけ」である。
砂糖と疾患
砂糖を摂取すると、高確率で肥満になる。砂糖は体内に入ると、血糖値の急上昇および高血糖の長時間の持続、インスリンの大量分泌、インスリン抵抗性、これらを同時に惹き起こす。果糖を投与された動物は、体重の制御ができなくなるだけでなく、摂食行動が止まらなくなり、体重が増えて体も動かさなくなることが動物実験で示された。砂糖の主成分は「ショ糖」(Sucrose)と呼ばれ、これはブドウ糖と果糖で構成される。果糖は、インスリンやレプチンを初めとするホルモンの受容体を破壊し、ホルモン抵抗性を惹き起こし、糖尿病の合併症・内臓脂肪の蓄積・脂肪肝をもたらす直接の原因となる。
野生の肉食動物や、狩猟採集生活を送っている集団は、肥満になる可能性は極めて低いが、これは「炭水化物が多いもの・糖分・砂糖を摂取する機会がほぼ皆無であるから」である。
英語圏においては、『Sugar Addiction』(『砂糖中毒』『砂糖依存症』)という言い方が広まっており、「砂糖に対する欲求や、砂糖を多く含んだものが止められないという砂糖に対する渇望感は、中毒症状の一種であり、その中毒症状を惹き起こすのは砂糖である」という見方が広まっている。アメリカ合衆国の歯科医師ウェストン・プライス(Weston Price)は、狩猟採集生活を送っている集団の食生活についての研究をまとめた報告書『食生活と身体の退化―先住民の伝統食と近代食その身体への驚くべき影響』(1939年)の中で、「砂糖を食べるようになってから、虫歯を患ったり、栄養不足に伴う病気が増えた」と述べている。クイーン・エリザベス大学の栄養学教授、ジョン・ユドキン(John Yudkin)は、著書『Pure, White and Deadly』(1972年)の中で、「肥満や心臓病を惹き起こす犯人は砂糖であり、食べ物に含まれる脂肪分は、これらの病気とは何の関係も無い」と断じている。1960年代、ユドキンはミネソタ大学の生理学者アンセル・キース(Ancel Keys)と、「砂糖・脂肪論争」を繰り広げた。この論争では、「心臓病を惹き起こす原因は(食べ物に含まれる)脂肪分にある」というキースの主張が通り、ユドキンの「砂糖が原因である」との主張は通らなかった。1970年代後半、アメリカ合衆国政府は「脂肪の摂取を減らし、炭水化物の摂取を増やせ」と国民に呼びかけたが、肥満・糖尿病・心臓病を患う国民の数は増加の一途を辿るようになった。
ユドキンの主張を支持する者の1人として、カリフォルニア大学の神経内分泌学者、ロバート・ラスティグ(Robert Lustig)がおり、カリフォルニア大学が製作・公開したラスティグによる講演『Sugar: The Bitter Truth』の中で、「砂糖は毒物であり、ヒトを肥満にさせ、病気にさせる」「砂糖の含有量が多いものには課税すべきだ」と断じており、著書『Fat Chance』の中でもそのように主張している。また、「砂糖はカロリーがあるだけで栄養価は皆無であり、肥満をもたらすだけでなく、タバコやアルコールと同じように中毒性が強く、含有する成分の果糖が内分泌系に悪影響を与え、心臓病や心臓発作、2型糖尿病を発症するリスクを高める」として、「砂糖の含有量が多いものには課税すべきである」との主張を科学雑誌ネイチャー誌(『Nature』)に発表した。
ゲアリー・タウブスは、2016年に出版した著書『The Case Against Sugar』(『砂糖に対する有罪判決』)の中で、「砂糖は『中毒性の強い薬物の一種』であり、ヒトを肥満にさせるだけでなく、心疾患の原因でもあり、健康を脅かす」「肥満とは、身体がホルモン障害を惹き起こした結果であり、そのスイッチを入れるのは砂糖である」と断じている。また、「砂糖は肥満、糖尿病、心臓病、メタボリック症候群を引き起こす原因であり、これにはインスリン抵抗性が関わっている」「砂糖はインスリン抵抗性の直接の原因となる」「インスリン抵抗性は癌の原因となる」と断じている。
ジェイスン・ファンも、「砂糖の摂取は、血糖値および血中のインスリン濃度を速やかに急上昇させ、その状態を長時間に亘って持続させ、さらにはインスリン抵抗性をも同時に惹き起こす」「砂糖や人工甘味料は、インスリン抵抗性を惹き起こす直接の原因となる」「『どれくらいの量なら砂糖を摂取してもいいか』というのは、『どれくらいの量ならタバコを吸ってもいいのか』という質問と同じである」「砂糖を食べると太る。この事実に異を唱える者はいないだろう」「太りたくない、体重を減らしたいのなら、真っ先にやるべきなのは、糖分を厳しく制限することである」と断じている。
砂糖の毒性
- 果糖を摂取した時の血糖値の上昇は、ブドウ糖を摂取した時に比べて緩やかではあるが、肝臓が果糖をすべて脂肪に変えて内臓脂肪として蓄積させる。「果糖を代謝できるのは、人体の中では肝臓だけ」であるため。肝臓が炭水化物を材料にして脂肪を合成する過程は「デ・ノヴォ脂肪生成」(De Novo Lipogenesis, 「De Novo」はラテン語で「再び」「もう一度」の意)と呼ばれる。果糖を摂取し続けることで肝細胞に脂肪が蓄積していき、飲酒の習慣が無い人間でも脂肪肝を患う。脂肪肝を患って間もない時点ではまだ治る余地はあるが、進行すると炎症を起こして肝炎が発生し、最終的には肝硬変を惹き起こす。カリフォルニア大学のロバート・ラスティグも「砂糖は脂肪肝の原因になる」と主張している。また、ラスティグは果糖を「Alcohol Without the Buzz」(「酔わせる作用の無いアルコール」)と表現している。
- 砂糖・果糖はほんの僅かな期間で肝臓に脂肪を有意に蓄積させる。
- 砂糖・果糖は中性脂肪(Triglyceride)を有意に増加させ、空腹時の脂肪酸の酸化を低下させる(脂肪の燃焼を抑制・妨害し、身体から脂肪が減らない)。
- 砂糖の摂取は、中性脂肪の数値を高め、高血圧を惹き起こし、内臓脂肪の蓄積を促し、インスリン抵抗性、糖尿病、メタボリック症候群を惹き起こす。砂糖を摂取し続けることで脂肪肝を患うと、心血管疾患を惹き起こして死亡する確率が上昇する。
- 砂糖を摂取することで、体内でAGEs(Advanced Glycation End Products, 「最終糖化産物」と呼ばれる)が作られやすくなる。これは身体の老化を強力に促進する物体で、タンパク質に糖が結合することでタンパク質が変性する。AGEsができやすくなる確率は、ブドウ糖を摂取した際の10倍にまでなる。
- 砂糖および果糖はインスリン感受性を低下させ、内臓脂肪の蓄積を促進し、空腹時の血糖値とインスリンの濃度を上昇させ、肝臓に脂肪を蓄積させ、ミトコンドリアの機能を妨害し、炎症の誘発を刺激し、脂質異常症、インスリン抵抗性を惹き起こし、糖尿病発症を促進する。
- 砂糖および果糖の摂取は痛風を惹き起こす。心疾患、痛風、メタボリック症候群に砂糖が関わっていることは以前から知られていた。
- 砂糖・果糖は衝動性と攻撃性を増加させ、多動性の採餌反応、双極性障害、注意欠陥・多動性障害を惹き起こし、さらには鬱病の原因にもなる可能性がある。
- 砂糖は膵臓癌 を初めとする各種の癌を患う可能性を高める。
- 砂糖および果糖は脳においてもインスリン抵抗性を惹き起こし、脳の神経組織を破壊し、アルツハイマー病を惹き起こす。
- 砂糖および果糖は「虫歯の大いなる原因である」と結論付けられている。砂糖が入っている飲み物の販売の禁止、砂糖の摂取に対する警告ラベルの商品への貼り付け、砂糖税の導入は、砂糖の摂取を減らせる取り組みとなりうる。
- 砂糖の摂取を減らすことで、脂肪肝、肥満、各種疾患を防げる可能性がある。
- 砂糖および果糖の摂取は肝臓への脂肪の蓄積を促すが、炭水化物および砂糖が少ない食事を摂ると、蓄積した脂肪が急速に減少することが確認された。外部からの資金提供を受けることなく書かれた研究論文の著者は、「身体の健康を守るために砂糖の摂取を制限すべきである」と結論付けている。
1775年、イングランドの医師で生理学者、マテュー・ドブスン(Matthew Dobson)は、糖尿病患者の尿が甘いこと、その甘みの物質の正体は砂糖であることを突き止めた。1776年、ドブスンは自身の臨床経験について発表した。スコットランド出身の軍医、ジョン・ロロ(John Rollo)はドブスンの研究を参考に、糖尿病患者のための食事療法を考案し、糖尿病を患っていた陸軍将校2人に、肉と脂肪が多く、炭水化物が少ない食事を処方した。ロロは、「糖尿病を治療するにあたって炭水化物が少ない食事を奨励した最初の人物である」と説明されている。1797年、ロロは『An Account of Two Cases of the Diabetes Mellitus』(『糖尿病における2つの症例の説明について』)を出版した。2つの事例のうちの1つでは、この食事を処方された結果、232ポンド(約105㎏)あった体重が減少し、症状が解消され、血糖値と尿糖の濃度が低下したという。
炭水化物と高血糖
空腹時においても持続する高血糖症を慢性高血糖症と呼ぶ。高血糖を惹き起こす最も一般的な原因は、炭水化物の消費にある。
炭水化物を食べて高血糖になり、そのたびにインスリンを注射する、というのを繰り返していると、さまざまな合併症や癌を患う危険性が上昇し、インスリンの強制的な注射やインスリンの強制分泌を促進する薬物の服用は、身体に深刻な不利益をもたらす。インスリン療法を受けている患者は、インスリン療法を受けていない患者に比べて、心血管疾患(Cardiovascular disease)で死亡する危険性が上昇する。さらに、インスリンで高血糖を抑え込もうとすると、心血管疾患の発症率は低下せず、死亡率は上昇する。体重については、インスリンを注射していただけで10㎏以上も増加した。
血糖値が正常範囲内(90~99)であっても、血糖値が90未満の人間と比較すると、膵臓癌の累積発生率は有意に増加し、空腹時の血糖値が110を超えると、あらゆる癌で死亡する確率が有意に上昇する。「GLUT5」と呼ばれる果糖輸送体は乳癌の発生に関わっている。
たとえ運動していても、炭水化物を食べている限り高血糖は防げず、インスリン感受性は運動を終えた途端に低下する(インスリン抵抗性が高くなる)。インスリン抵抗性は運動では防げない。
「インスリン感受性が低い」ということは、「インスリン抵抗性が高い」(インスリンの効き目が悪い)状態を意味する。
インスリンと肥満
「インスリンがヒトを太らせる」
体重を目標もしくはそれ以下まで落としたものの、その後再び体重が増えてダイエット開始前と同じ体重に戻ったり、以前よりも体脂肪率が増加する。これは俗に「リバウンド」と呼ばれている。減量とリバウンドを繰り返すと、痩せにくく、太りやすい状態となる。
体重のリバウンド現象については、インスリンおよびインスリン抵抗性が原因と考えられている。ジェイスン・ファンは、「リバウンドとは、インスリンが設定した体重に戻ろうとすること」と述べている。「体重の『設定値』を決めるのはこのインスリンであり、インスリンが過剰に分泌される状態およびインスリン抵抗性が続くと、インスリンが『体重の設定値のつまみを回す』。こうなると、何をどうしようとも、身体はインスリンが設定した体重に戻ろうとする」「体重のリバウンドが起こるのは、あなたの意志が弱いわけでも、努力が足りないわけでもない。インスリンがその人の体重を決める」という。また、身体活動および運動の効果に対しても、「体重を減らすことを目的に、食べる量を減らして運動をする習慣を付ける実験は、いずれも例外なく失敗に終わっている」「どれだけ運動を頑張ってこなし、食べる量を減らしたところで体重を減らす効果は無いことは証明済みである」「運動する人に比べて、運動しない人ほど痩せている」と結論付けている。「やろうと思えば誰でも太らせることが可能だ。インスリンを注射するだけでいい。インスリン濃度が高い状態が続く限り、どんどん太り続ける。何をどうしようとも無駄である」と述べ、「『肥満ホルモン』ことインスリンがヒトを太らせる」と結論付けている。炭水化物の摂取制限を奨める人物も全員例外なく、「インスリンが出るから太る」という結論で一致しており、「過食や運動不足は肥満の原因ではなく、あくまで『結果』でしかない(「身体が太って脂肪が蓄積したあとに、過食したり、動かなくなる」)」と断じている。
インスリノーマ(Insulinoma)と呼ばれる腫瘍があり、これはインスリンの大量分泌を促す作用がある。インスリノーマにおいては、体重が一方的に増加し続ける。2年間で体重が37㎏も増加した症例がある。体重の一方的な増加は、インスリンの過剰分泌が原因である。
インスリノーマにおいては、低血糖症およびそれに伴う形で、高インスリン血症、鬱病、めまい、意識喪失、てんかん発作、意識障害、脳卒中様症状、神経障害といった神経学的症状までも惹き起こされる。インスリノーマにおいては、高インスリン血症に伴う形で、頭痛、複視、かすみ目、錯乱、異常行動、嗜眠、健忘症、発作、昏睡、発汗、脱力感、空腹感、振戦、吐き気、熱、不安、動悸がみられる。
膵臓内分泌腫瘍(Pancreatic Endocrine Tumors)における最大のものがインスリノーマであり、そのうちの10%は多発性であり、悪性である。
インスリノーマの最適な治療法は外科手術による切除であり、取り除くことで寛解する。インスリノーマを切除したあとの患者は低血糖症が無くなり、体重は大幅に減少するが、切除したあとでも再発するリスクはある。インスリノーマの切除に成功した最初の症例が報告されたのは1929年のことである。
インスリノーマは、内因性高インスリン症に関連する低血糖症の最も一般的な原因である。長時間絶食することにより、内因性高インスリン血症を検出し、再発性低血糖の原因として不適切な形で上昇したインスリンの分泌を検出できる手段となる。
インスリンの濃度が高い状態では、身体は一方的に太り続けていく。これは、その人がどれぐらい食べたか、運動していたかどうかは、何の関係も無い。
脂肪異栄養症
「脂肪異栄養症」(Lipodystrophy)と呼ばれる症状があり、その中でも稀に発生する「進行性脂肪異栄養症」(Progressive Lipodystrophy)と呼ばれる症状がある。この症例は1950年代半ばまでに約200例報告されており、その大部分は女性である。これは上半身の皮下脂肪がほぼ消失する代わりに、腰から下の部位に脂肪が異常に蓄積する。1931年にこの症例が報告されたある女性の身体においては、10歳の時に顔の脂肪が減り始め、13歳の時に脂肪の消失が腰の括れ部分で止まった。その2年後、そこから下に向かって脂肪の蓄積が始まった。彼女の体脂肪は事実上、腰から下に集中しており、上半身は痩せている代わりに腰から下が異常に太っていた。ゲアリー・タウブスはこの脂肪異栄養症を取り上げたうえで、「カロリー理論によれば『太るのは食べすぎるからだ。食べる量を減らせば痩せられる』というなら、この女性の上半身から脂肪が減ったのは食べる量を減らしたからであり、腰から下に脂肪が蓄積したのは食べ過ぎたからだ』ということになるのか?明らかに馬鹿げた話だ」とカロリー理論を公然と批判している。脂肪組織において調節障害が発生し、身体の一部の脂肪が肥大していくこの症状は、インスリン療法の一環としてインスリンを注射している際に発生する最も一般的な合併症の一つであり、有害な免疫学的副作用であり、重大な問題である。
インスリンは脂肪分解を抑制・妨害する
インスリンは脂肪の合成と貯蔵を促進し、体内における脂肪分解を徹底的に抑制・阻害する最大のホルモンである。
インスリンは脂肪の蓄積を強力に促進し、空腹感を高め、体重増加を惹き起こす。たとえカロリーを制限したところで、インスリンを注射された動物には過剰な量の体脂肪が蓄積する。
インスリンの分泌を高める食事は、インスリンを注射した時と同様の作用をもたらす。
インスリンは、細胞へのブドウ糖の取り込みを促進し、脂肪細胞からの脂肪酸の放出を抑制・妨害し、肝臓でのケトン体の産生を抑制し、脂肪の沈着を促進し、主要な代謝燃料の循環濃度までも低下させる。
肥満における危険因子には、高インスリン血症(Hyperinsulinemia)が関わっている。インスリンの濃度が正常より高い場合や、インスリンの濃度がほんのわずかに上昇するだけで肥満は惹き起こされる。インスリンの分泌を阻害する薬物を投与するか、インスリンの濃度が低下すると体重は減少する。脂肪分解を抑制・妨害する作用は、インスリンにおける最も敏感な代謝作用である。空腹時でもインスリンの濃度がわずかに上昇すると、脂肪細胞における脂肪分解作業は阻害される。細胞へのブドウ糖の取り込みを刺激するには、通常の6倍のインスリン濃度が必要になり、肝臓における糖新生(Gluconeogenesis)を抑制するには、インスリンの濃度が2倍になるだけで十分である。
脂肪細胞が満杯になってしまう場合に備えて、新しく脂肪を貯蔵する場所を確保するため、インスリンは脂肪細胞を新しく作るよう信号を送る。
17歳の時に1型糖尿病を発症したある女性は、その後47年間に亘って太ももにある2か所の部分に、毎日インスリンを注射し続けた。彼女の太ももには、マスクメロン大の脂肪の塊ができあがった。これは、「彼女が何をどの程度食べたか」とは何の関係も無く、「インスリンによる脂肪生成作用」に他ならない。全身のインスリン濃度が上昇している時にも、同じ現象が起こる。糖尿病患者がインスリン療法を受けるとしばしば肥満になるのは、これが理由である。『ジョスリン糖尿病学』(『Joslin's Diabetes Mellitus』)には、「It results from the direct lipogenic effect of insulin on adipose tissue, independent of food intake」(「食べ物の摂取とは何の関係も無い、脂肪組織に対するインスリンによる直接的な脂肪生成作用の結果である」)と説明されている。
食後の血糖値の上昇とインスリンの分泌を最も強力に促進するのは炭水化物である。タンパク質もインスリンの分泌を刺激するが、インスリンと拮抗する異化ホルモン、グルカゴン(Glucagon)の分泌も誘発する。一方、食べ物に含まれる脂肪分は、インスリンの分泌にほとんど影響を与えない。この生理学的な事実は、低糖質・高脂肪食が人体に有益であることを示す理論的根拠となる。
ハーヴァード大学の元医学部長ジョージ・F・ケイヒル・ジュニア(George F. Cahill Jr.)は、「Carbohydrates is driving insulin is driving fat.」(「脂肪を操るインスリンを、炭水化物が操る」)との言葉を残している。
肥満、インスリン抵抗性、メタボリック症候群、2型糖尿病を患っている患者が、炭水化物の摂取を制限し、脂肪に置き換えて食べると、最大限の効果が得られる可能性がある。さらに、84時間に亘って絶食状態にあった被験者と、84時間に亘って脂肪「だけ」を摂取し続けた被験者の血中の状態は「全く同じ」であった。双方とも、血糖値とインスリンの濃度は低下し、遊離脂肪酸とケトン体の濃度、脂肪分解の速度がいずれも上昇した。
体重を減らしたい人、心血管疾患の危険因子を減らしたい人にとって、炭水化物が少なく、脂肪(トランス脂肪酸を除く全ての脂肪。飽和脂肪酸、一価不飽和脂肪酸、多価不飽和脂肪酸)が多い食事はその選択肢となりうる。
ゲアリー・タウブスは、「体重を減らしたいのなら、炭水化物を食事から排除すれば成功する。これを守らなければ、減量は必ず失敗に終わる」「炭水化物ではなく、タンパク質と脂肪の摂取を減らした場合、常に空腹感が付きまとい、その空腹が減量を失敗に導くであろう」「炭水化物は人間の食事には必要ない。『必須炭水化物』なるものは存在しない」と明言している。
アメリカ医学研究所食品栄養委員会(The U.S. Food and Nutrition Board of the Institute of Medicine)が発行している教本「エネルギー、炭水化物、食物繊維、脂肪、脂肪酸、コレステロール、タンパク質、アミノ酸の食事摂取基準」には、以下のように書かれている。「タンパク質と脂肪を充分に摂取している限り、生命に馴致する炭水化物の最低限の必要摂取量と呼べるものは存在しない」
1日を通して、インスリンの濃度が高い状態を避けることは、脂肪の蓄積を防ぐという意味でも大いに有効である。
インスリンと癌
慢性的な高インスリン血症は、癌を促進する可能性を高める。インスリンは腫瘍の成長、増殖、転移を直接誘導する力を持つ。
慢性的な高血糖と酸化ストレスの増加も、癌を患う危険の増加につながる。さまざまな証拠が示すところでは、インスリン抵抗性と癌は密接に関係している。多くの臨床的および疫学的証拠は、高インスリン血症、インスリン抵抗性、および脂質異常症に関連する体重の過剰な増加は、結腸癌や乳癌を含む腫瘍の重大な危険因子である可能性を示している。
多くの疫学的研究は、インスリン抵抗性が強い患者の体内においては、乳癌、結腸直腸癌、肝臓癌、および膵臓癌を患う危険性が高いことを一貫して示している。インスリンは強力な分裂促進因子(Mitogen)であり、膵臓癌、結腸直腸癌、前立腺癌、子宮内膜癌、肝臓癌、卵巣癌、その他のありとあらゆる癌の発生にはインスリンが直接関与している証拠を提供する。高インスリン血症は、癌による死亡率を2倍に増やす。体重やBMIの数値が正常であったとしても、インスリンの濃度が上がるだけで、癌の発生率のみならず、その死亡率までもが上昇する。
インスリンは身体の老化を強力に促進し、脳の認知機能を破壊し、寿命を縮める。糖尿病患者がインスリン療法(インスリンを注射して血糖値を下げる)を受けるだけで、動脈疾患のみらず、アテローム性動脈硬化症(Atherosclerosis)の危険も上昇する。また、糖尿病患者はインスリンを注射しているだけで死亡率が倍になる。高血糖においては、癌細胞は大量のブドウ糖をエサにして増殖していく。
リパーゼ、インスリン、脂肪分解と脂肪蓄積
1970年代初期、マサチューセッツ大学のジョージ・ウェイド(George Wade)は、雌のラットから卵巣を摘出し、そのラットの行動を観察し、性ホルモン、体重、および食欲の関係について研究を始めた。卵巣を摘出されたラットは餌をがつがつと食べ始め、瞬く間に肥満になった。ラットは過食し、その身体には過剰な脂肪が蓄積した(第1の実験)。その後、ウェイドは卵巣を摘出したラットに厳格な食餌制限を行った。このラットが激しい空腹を覚えて何かを食べたくてたまらなくなったとしても、その衝動を満たせない食餌制限を実施した(第2の実験)。その結果、ラットは好きなだけ餌を与えられた時と同じく、すみやかに肥満体になっただけであった。このラットは完全に動かなくなり、食べ物を得る必要がある時にだけ、動くようになった。 ラットの卵巣を摘出したことにより、ラットの脂肪組織は循環する血液から脂肪を蓄えた。一方、自由に餌を食べることも許されない時、ラットは使えるエネルギーが少ない以上、消費エネルギーを減らそうとしてその場でじっとしたまま動かなくなった(第2の実験)。これについてウェイドは「ラットは過食したから太ったのではなく、太りつつあるから過食した」と説明した。
ラットの卵巣を摘出するというのは、卵巣から分泌される女性ホルモン、エストロゲン(Estrogen'を除去することと同義である。卵巣を摘出したラットにエストロゲンを注射したところ、このラットは餌をがつがつと食べることは無く、肥満にもならなかった。卵巣を摘出したラットが過食する衝動に駆られたのは、身体を動かすのに必要なカロリーを脂肪細胞が次々に取り込んだことで、身体がエネルギー不足に陥ったためである。脂肪細胞がカロリーを取り込んで隔離すればするほど、ラットはエネルギーを補給しようとして食べる量を増やす。だが、脂肪細胞がカロリーを取り込み続ける限り、他の細胞に行き渡らせるだけの十分なカロリーが不足し、ラットは太り、飢え、空腹を満たせなければ、エネルギーの消費を減らす(動かなくなる)ことで解決しようとする。
エストロゲンは、LPL(Lipoprotein Lipase, リポプロテイン・リパーゼ)という酵素に対して、ある働きかけを行う。LPLは、脂肪組織、骨格筋、心筋、乳腺を含む多くの末梢組織の表面に発現し、血中を流れる脂肪を細胞内に送り込む役割がある。LPLが脂肪細胞の表面に発現している時、血中の脂肪を脂肪細胞が取り込む。一方、LPLが筋肉細胞に発現している時、脂肪は筋肉細胞に取り込まれ、筋肉はそれを燃料として消費する。エストロゲンには、脂肪細胞にあるLPLの活動を抑制・阻害する作用がある。細胞の周辺にエストロゲンが増えると、LPLの活性が低下し、脂肪が蓄積されにくくなる。逆に、このラットの実験のように卵巣を摘出することでエストロゲンが分泌されなくなると、脂肪細胞におけるLPLが活性化する。LPLは、そこでいつもの仕事をする(脂肪を脂肪細胞に取り込む)が、脂肪を蓄積させる役割を持つLPLを妨害するエストロゲンが無いために、脂肪細胞には大量のLPLが発現し、そのせいで脂肪が脂肪細胞に次々に取り込まれ、ラットは肥満体となった。ラットから卵巣を摘出したことで、エストロゲンは分泌されなくなり、ラットは通常以上に太っていった。ヒトにおいても、卵巣を摘出したあとや、閉経後の女性の多くは肥満になるが、その理由は、彼女らの体内でエストロゲンの分泌量が減り、その脂肪細胞にLPLが大量に発現するからである。
ラットを肥満から解放する方法はただ1つ、エストロゲンをラットに戻すことである。さすればラットは再び痩せるうえに、食欲も食べる量も正常に戻る。動物たちに食餌制限と運動を強いたところで無駄であり、彼らが肥満になるのを防ぐことはできない。
脂肪組織における脂肪の蓄積と減少には、インスリンのほかに、複数の酵素と複数のホルモンが関わっている。
ヒトを含めたすべての生物は、エネルギー基質や信号伝達の前駆体として、脂肪酸(Fatty Acids)を燃料にしている。脂肪酸を輸送および保存する際には、中性脂肪(Triglyceride)という分子の形で行われる。だが、中性脂肪はそのままの大きさでは細胞膜を通過できず、細胞への出入りが行われる際にはリパーゼ(Lipase)による作用で分解されなければならない。この生化学的過程を「脂肪分解」(Lipolysis)と呼ぶ。膵臓から分泌される膵液には脂肪分解作用があり、これは食べ物に含まれる脂肪分を腸が取り込む際に欠かせないものである。
LPLは、体内の脂肪の蓄積や脂肪の分解を制御する重要な酵素の一種である。脂肪組織、骨格筋、心筋、乳腺を含む多くの末梢組織の表面に発現し、血中から脂肪を細胞内に送り込む役割を持ち、この酵素を調節するのはインスリンである。インスリンは「脂肪代謝における主要な調節器」であり、同時にLPL活性化の調節器でもあり、脂肪細胞におけるLPLの活性化を促す。インスリンが分泌されればされるほど脂肪細胞におけるLPLの活性化はますます強まり、血中から多くの脂肪が脂肪細胞に流入していく。さらに、インスリンは筋肉細胞におけるLPLを抑制し、それによって筋肉が脂肪酸を燃料に使うこともできなくなる。脂肪細胞から脂肪酸が放出されようという時にインスリンの濃度が高ければ、これらの脂肪酸は筋肉細胞には取り込まれず、燃料として消費されることも無く、インスリンによって脂肪細胞に再び押し戻される。
LPLは、脂肪細胞における脂肪の蓄積に関わっている。肥満体においては、この酵素の活性化が、肝臓における脂肪生成ならびに高インスリン血症の増加に関係している。炭水化物の慢性的な消費が、この酵素の活性化の漸進的な上昇および脂肪細胞の肥大を促進することが分かっている。
脂肪細胞の表面にあるLPLの活性化が失われ、筋肉細胞の表面にあるLPLが活性化すると、蓄積した脂肪が減少する。
ヒトが運動をしている間、LPLの活性化は脂肪細胞内で低下し、筋肉細胞内で活性化が上昇する。これは脂肪細胞から脂肪が放出されるのを促進し、燃料を必要とする筋肉細胞で消費される。しかし、運動を終えた途端、この状況は逆転する。筋肉細胞におけるLPLの活性化は失われ、脂肪細胞内のLPLの活性化が急上昇し、脂肪細胞は運動中に失われた脂肪を補充しようとし、再び太る。これは、運動がヒトを空腹にさせる理由でもある。運動を終えると、筋肉はその補充と修復のためにタンパク質を必要とするのに加えて、脂肪の補充も積極的に行う。身体の他の部分は、運動によって身体から流出したエネルギーを補充しようとし、その作用で食欲が増す。
すなわち、運動をすると、その最中に少しは脂肪が減り、その分だけ痩せるが、運動を終えた途端、(運動中に失われた分の脂肪が)またもや体内に復活するようにできてい。「運動をしても痩せない、肥満を防げないのはなぜか?」というのは、これで説明が付く。
男と女で太り方がそれぞれ異なるのは、LPLの分布が異なり、それに付随して分泌されるホルモンの影響もそれぞれ異なるためである。
ATGL(Adipose Triglyceride Lipase, 脂肪組織中性脂肪リパーゼ)は、脂肪細胞における脂肪分解の律速酵素(Rate-Limiting Enzyme)である。脂肪分解過程の触媒となる別の酵素としてHSL(Hormone Sensitive Lipase, ホルモン感受性リパーゼ)の存在があり、インスリンはこれらの酵素も調節する。ATGLは、遊離脂肪酸(Free Fatty Acids)を除去してジアシルグリセロール(Diacylglycerol)を生成することで脂肪分解を開始し、HSLがそれを加水分解する(グリセロールと脂肪酸に分解する)。
インスリンは、LPLだけでなく、HSLにも影響を及ぼす。HSLは、脂肪細胞にて中性脂肪を脂肪酸に分解し、それが血液循環に流れ出るよう促す。この時、脂肪細胞内の脂肪が減少する。HSLの活性化が高ければ高いほど、脂肪細胞からより多くの脂肪酸が放出され、身体はそれを燃料にして消費し、貯蔵されている脂肪の量が減っていく。インスリンはこのHSLの働きを抑制し、脂肪細胞内の中性脂肪の分解を妨害し、脂肪細胞からの脂肪酸の流出を最小限に抑える。インスリンはほんのわずかな量でHSLの働きを抑制し、インスリンの濃度がわずかでも上昇すると、脂肪細胞内に脂肪が蓄積していく。
HSLは、脂肪細胞における脂肪分解だけでなく、ステロイドの産生や精子の形成にも関わる重要な酵素である。HSLが欠損すると、脂肪組織の萎縮、炎症が起こり、インスリン抵抗性が全身に惹き起こされ、脂肪肝の発症を促進する。
ATGLとHSLの活性化は、絶食している時にWAT(White Adipose Tissue, 白色脂肪組織)で強力に上方調節された(有意に増加した)。同時に、血漿遊離脂肪酸の比率も増加し、空腹時や絶食状態になると脂肪分解率の上昇が確認された。
成長ホルモン(Growth Hormone)には、蓄積した脂肪の減少を促す作用がある。成長ホルモンは中性脂肪の分解を刺激し、LPLを阻害することにより、体重と体脂肪の減少が促進される。HSLの活性化は、体重減少に伴って大幅に強化される。インスリンはLPLを活性化させ、HSLの作用を抑制するが、成長ホルモンはインスリンによる脂肪生成作用を低下させ、脂肪組織における脂肪の貯蔵と蓄積を抑制・阻害する。高脂肪食を組み合わせることで、中性脂肪の数値も改善される。
インスリンを除く全てのホルモンはHSLを刺激することで中性脂肪の分解を促進するが、HSLはインスリン感受性が非常に高く、インスリンを除く全てのホルモンには、インスリンによる脂肪蓄積作用を上回る力が無い。インスリン以外のホルモンによる脂肪細胞からの脂肪酸の放出が可能となるのは、インスリンの濃度が低い時だけである。
1965年、医学物理学者のロザリン・サスマン・ヤロウ(Rosalyn Sussman Yalow)と、医師で化学者のソロモン・アーロン・バーソン(Solomon Aaron Berson)の2人は、「脂肪を脂肪細胞から放出させ、それをエネルギーにして消費する」ためには、「Requires only the negative stimulus of insulin deficiency.」(「『インスリン不足』という負の刺激以外は必要ない」)と明言した。
断食と肥満治療
ジェイスン・ファンは「血中のインスリン濃度が低い状態を維持することにより、インスリン抵抗性と肥満を治療し、安定して体重を減らす」手段について、「間欠的に行う断食」(Intermittent fasting)を推奨している。
また、断食を382日間続け、456ポンド(約207㎏)あった体重を180ポンド(約82㎏)まで減らし、最終的に276ポンド(約125㎏)の減量に成功したスコットランド人、アンガス・バルビエーリ(Angus Barbieri)がいる。バルビエーリは一切の固形物を摂取することなく、液体(水、茶、ブラックコーヒー)を中心にビタミンとミネラルのみで生活することで、自分で肥満を治療した。バルビエーリが行った断食は、1971年版のギネスブックにも登録されている。
一方で、「断食は減量の役には立たない」とする研究結果も出ている。
2020年、カリフォルニア大学の心臓病専門医、イーサン・ワイス(Ethan Weiss)は、断食と体重減少についての研究結果を発表した。「朝食を抜き、正午から午後8時までの8時間で全ての食事を取り、そこから16時間絶食する」という断食を3か月間続けた結果、断食群に割り当てられた被験者たちの体重減少の数値に有意差は無かった。平均減量数値は、断食群では2ポンド、比較対象群では1.5ポンドの減少であった。さらに、胴囲、体脂肪、除脂肪体重の測定値についても、有益な変化は見られず、血糖値、インスリン感受性、中性脂肪、血圧についても有益な変化は見られなかった。絶食群の被験者たちの体重自体は減ったが、そのうちの65%は除脂肪体重(筋肉と臓器)によるものであった。イーサン・ワイスは「毎日朝食を抜いたことで、タンパク質の摂取量が減り、断食群の被験者がかなりの量の筋肉を失ってしまった可能性がある」と述べた。イーサン・ワイス自身、時間制限式の断食の効果を強く信じていたが、この研究結果を受けて、朝食を再び摂るようになったという。
イーサン・ワイスが主導したこの断食研究の結果は、アメリカ医師会雑誌に掲載された。
2021年3月、オーストラリアの大学からの報告で、「間欠断食では体重や内臓脂肪を減らせない」とする研究結果が報告された。「断食中の脂肪組織は、脂肪酸を放出することにより、身体にエネルギーを供給する。しかし、間欠的な断食を繰り返していると、内臓脂肪は脂肪酸の放出に抵抗を示すようになる」「絶食を繰り返していると、内臓脂肪と皮下脂肪がエネルギーを脂肪にして蓄える能力を高める兆候を見せ、失われた分の脂肪が、次に断食を開始するまでに急速に補充されてしまう可能性が高いことが分かった」という。この研究を主導したマーク・ラランス(Mark Larance)によれば、「絶食期間の繰り返しが、内臓脂肪の保存信号伝達経路を誘発した可能性がある」という。ラランスは、「これは、繰り返される絶食期間に対して内臓脂肪が適応し、エネルギーの貯蔵の保存を意味するものです」「この種の適応が、内臓脂肪が体重減少に抵抗しようとする理由となるかもしれません」と述べた。
関連項目
- 肥満学
- マフィン・トップ - ズボンからはみ出た部分が、カップケーキでカップの上から出た生地のようになることから。
- 脂肪変性
- デブ
- 肥満税
- リポアトロフィー - インスリンの注射が原因で発生する脂肪組織の異常。皮下脂肪にへこみが生じる。
- リポディストロフィー - インスリンの注射が原因で発生する脂肪組織の異常。身体の一部から脂肪がほぼ消失する代わりに、別の箇所に脂肪が異常に蓄積する。
- インスリノーマ - インスリンが一方的に分泌され続け、体重と体脂肪を蓄積させていく腫瘍。外科手術でこれを切除すると、患者の体重は減少する。
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